自治体職員を守るには?窓口業務のカスハラ対策最前線



はじめに

自治体の窓口業務では、住民からの暴言や長時間の拘束といったカスタマーハラスメント(以下、カスハラ)が深刻な問題となっています。自治体職員の約3割以上がカスハラ被害を経験しているなか、職員保護の体制づくりは急務です。

カスハラ対策を放置すれば、職員の心身の不調や離職が進み、行政サービスの質そのものが低下しかねません。組織としての方針策定、法的根拠の理解、そして現場で使える具体的な対応ルールを整えることが、職員保護の柱になります。本記事では、カスハラの定義から被害実態、法改正の動向、組織的な対策と先進事例まで順を追って解説します。



カスハラの定義と正当なクレームとの境界


法律上の3要件

カスハラ対策を進めるうえでまず押さえるべきは、何がカスハラに該当するのかという定義です。厚生労働省は、職場におけるカスハラを3つの要件で定めました。第1に「顧客等の言動」であること、第2に「その雇用する労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたもの」であること、第3に「労働者の就業環境が害される」ことです。この3要件を全て満たす場合にカスハラと判断されます(参照*1)。

苦情の全てがカスハラに当たるわけではありません。厚生労働省は、客観的にみて社会通念上許容される範囲で行われた申し入れは「正当な申入れ」であり、カスハラには当たらないとしています。つまり、要求の内容が正当であっても、その伝え方が暴言や威圧を伴えばカスハラとなり得ます。逆に、厳しい口調でも内容と手段が社会的に許容される範囲内であれば対象外です。この線引きを職員全員が理解しておくことが、窓口業務での適切な対応につながります。


自治体窓口特有の判断の難しさ

自治体の窓口業務では、カスハラの判断が民間企業よりも難しくなる場面があります。豊川市は、カスハラの3要件として「行政サービスの利用者等からの職員に対するクレーム・言動」「職員が従事する業務の性質その他の事情に照らして、社会全体で一般的に認められない、行きすぎた内容ややり方で行われるもの」「職員の就業環境を害するもの」を挙げました(参照*2)。

対応の途中でカスハラに変わるケースがある点は、窓口業務ならではの難しさです。大阪市は、市民が正当な理由に基づき社会通念上許容される手段で苦情や意見を申し出ること自体は妨げられないとしつつ、対応の過程で要求内容が不当になったり言動の手段・態様が不相当になった場合は、その時点で「社会通念上許容される範囲を超えたもの」に該当するとしています(参照*3)。やり取りが長引く中で正当なクレームからカスハラへ移行する瞬間を、組織として見極める基準が欠かせません。


自治体職員が受けるカスハラの実態


全国調査に見る被害割合と頻度

カスハラ被害はどの程度広がっているのか、複数の調査結果がその深刻さを示しています。総務省が公表した「地方公共団体における各種ハラスメントに関する職員アンケート調査報告書」によると、過去3年間にカスハラを受けた経験があると回答した自治体職員は35.0%にのぼりました(参照*4)。

自治労連の調査では、職場で1度でもカスハラを受けた経験がある人が47.6%と、半数に迫る割合でした。属性別にみると、年齢別では30代が56.8%、40代が53.0%と特に高く、雇用形態別では正規職員が56.4%でした(参照*5)。

個別の自治体でも同様の傾向が確認できます。生駒市が令和6年7月に実施した調査では、過去3年間にカスハラと思われる行為を受けたと感じた職員は回答者全体の約30%、929人中283人でした(参照*6)。糸魚川市が令和7年度に実施したアンケートでは、カスハラを受けたことがある職員が35%、見たことがある職員が52%に達しています(参照*7)。全国規模でも個別自治体でも、3割から5割の職員が被害に直面しています。


被害内容の類型と発生部門

カスハラの被害内容には、いくつかの類型があります。自治労連の調査によると、受けたカスハラの内容で最も多かったのは「侮辱・大声で威圧するなど乱暴な言動」で84.4%でした。次いで「明らかな嫌がらせによる長時間の拘束(窓口・電話など)」が48.8%、「不必要・執拗な上司への面会要求」が28.8%、「不当な謝罪の要求(口頭・文書など)」が26.3%、「不必要・執拗な別部署・行政相談窓口への苦情」が22.9%と続きました(参照*8)。

発生しやすい職種にも偏りがあります。自治労連の調査では、職種別で公衆衛生が70.1%、一般事務が65.5%、技術(建築・土木・化学・電気・農業等)が57.8%、医療(医師・看護師・技師等)が51.5%と高い割合を示しました(参照*5)。住民と直接向き合う窓口業務だけでなく、専門性が高く対面の多い部門でもカスハラが頻発している状況です。


心身への影響と離職リスク

カスハラは職員の心身に大きな影響を与え、職員保護の観点から放置できない問題です。総務省の調査では、カスハラのきっかけとなった理由として「行政サービスの利用者・取引先の不満のはけ口・嫌がらせ」が72.5%と最多でした(参照*4)。業務上の過失とは関係なく、不満のはけ口として攻撃される構図が浮かび上がります。

相談しても解決に至らないケースがある点も課題です。自治労連は、カスハラ被害を上司に相談しても解決しなかった人が約3割にのぼることを指摘しました。相談しても「解決していない」が18.0%、「対応してくれなかった」が10.5%で、合計28.5%が未解決のままでした(参照*8)。個人で被害を抱え込み、解決の見通しが立たない状況が続けば、心身の不調や離職につながりかねません。職員保護の体制を組織全体で構築する必要性は、こうしたデータからも明らかです。


法改正・条例の最新動向


改正労働施策総合推進法の措置義務

カスハラ対策は法律面でも大きく動いています。改正労働施策総合推進法にカスハラ対策の強化が盛り込まれ、2026年10月1日から施行されます。この改正により、カスハラ対策は事業主の雇用管理上の措置義務となりました。企業等は国が示した指針を踏まえて具体的な対策を進めることが求められます(参照*9)。

同改正法では、カスハラに関する国と事業主の責務に加え、労働者や顧客等の責務も定められました。厚生労働省の指針は、事業主が職場におけるカスハラに関する方針を明確化し、「カスハラには毅然とした態度で対応し、労働者を保護する」旨を管理監督者を含む労働者に周知・啓発することを義務付けています(参照*1)。自治体も事業主として、この措置義務に対応する体制整備が必要です。


東京都カスハラ防止条例と自治体条例の広がり

国の法改正に先立ち、自治体独自の条例制定も進んでいます。東京都は「東京都カスタマー・ハラスメント防止条例」を制定し、令和7年4月1日に施行しました。この条例は、カスハラの防止に関する基本理念を定め、東京都・顧客等・就業者・事業者それぞれの責務を明らかにしています(参照*10)。

東京都はこの条例施行に伴い、カスハラに関する問い合わせを一元的に受け付ける総合相談窓口を設置しました。さらに、労務管理やメンタルケア、消費者保護等の経験が豊富な専門相談員による相談も開始しています(参照*11)。条例を「つくるだけ」にとどめず、相談体制まで一体的に整備する東京都の取り組みは、他の自治体がカスハラ対策を検討する際のひとつの形といえます。


組織的カスハラ対応の全体像


基本方針の策定と職員周知

職員保護を実現するための第一歩は、組織としての基本方針の策定です。新潟県は「新潟県カスタマーハラスメント対策要綱」を策定し、カスハラの判断基準や基本的な対処方法を明示しました。この要綱の目的は、カスハラに対し組織的に対処することで、職員の利益の保護と過度な負担の軽減を図り、事務事業の円滑かつ公正な執行を確保しています(参照*12)。

方針は策定するだけでは機能しません。自治労連の調査では、職場にカスハラの対策マニュアルや指針があるか「わからない」と答えた人の割合が約7割(70.6%)にのぼりました(参照*8)。方針の策定と同時に、全ての職員へ確実に周知する仕組みを設けることが、職員保護を機能させる条件です。


対応マニュアルの構成要素

基本方針を現場レベルで運用するには、具体的な対応マニュアルが必要です。糸魚川市は、カスハラから職員の安全と働きやすい職場環境を守るためのマニュアルを策定し、5つの目標を掲げました。「職員の身体的・精神的安全の確保」「カスハラ発生時の一貫した初動対応とエスカレーションの標準化」「事実記録・証拠保全の徹底と、必要に応じた法的対応の円滑化」「行政サービス利用者等への対応の品質維持及び正当なクレームへの適切な対応の両立」「組織内での支援体制(相談窓口等)の整備」です(参照*7)。

この構成は、職員保護と住民サービスの質を両立させることを明確に意識しています。マニュアルに初動対応から法的対応、相談体制までを一貫して盛り込むことで、現場の判断のばらつきを減らし、組織全体で統一した対応が可能になります。


相談窓口と報告フローの整備

職員保護の体制を支えるもうひとつの柱が、相談窓口と報告フローの整備です。自治労連の調査では、職場にカスハラに対する相談窓口が設置されているか「わからない」と答えた人の割合が6割超(62.7%)にのぼりました(参照*8)。窓口が存在していても、職員がその存在を知らなければ被害時に活用できません。

新潟県は対策要綱とあわせて「カスタマーハラスメント対応マニュアル」も策定し、組織と職員一人ひとりが毅然とした対応を行える体制を整えました(参照*12)。相談窓口の設置だけで終わらず、報告から対応完了までの流れを文書化し、全職員に周知することが実効性ある職員保護の条件となります。


現場で使える具体的対策


複数人対応と時間制限のルール化

窓口業務でカスハラが発生した際は、1人で対応させないことが基本です。糸魚川市のマニュアルでは「組織的に対応する」ことを原則の第1に掲げ、上司等との複数対応を定めました。応対・記録・通報などの役割を事前に決めておき、相手と同数以上の複数人で対応するよう求めています。上司は部下の対応に目を配り、困っている状況を把握したうえで、対応を交代または同席するとしました(参照*7)。

対応時間の上限設定も、現場運用を支えるポイントです。同マニュアルでは、電話は30分、対面対応は60分を目安とし、それ以上は「これ以上こちらで対応できることはありません」と告げて打ち切るルールを明記しました。時間の基準を数字で示すことで、職員が個人の判断で悩むことなく対応を終了できる仕組みになっています。


録音・防犯カメラ・名札変更などの環境整備

職員保護を物理的な面から支えるのが、録音装置や防犯カメラといった環境整備です。生駒市は、職員の名札デザインの変更や弁護士資格を有する職員の採用を通じて対応力の向上に努めてきたほか、今後は市役所庁舎内への防犯カメラの設置や電話録音装置の導入を進めるとしています(参照*6)。

名札に関しては、個人が特定されることでカスハラの攻撃対象にされる事例が報告されています。厚生労働省の「あかるい職場応援団」で紹介する飲食業の事例では、店舗スタッフが名札の情報をもとにSNSで検索され付きまとわれるトラブルが発生し、名前の表記を漢字やひらがなからイニシャルに変更しました(参照*9)。窓口業務でも、こうした名札の表示方法の見直しは、職員保護のために検討すべき具体策のひとつです。


悪質事案への法的対応手順

カスハラのなかでも特に悪質な事案に対しては、法的対応を視野に入れた手順を整備しておく必要があります。豊川市は、カスハラに該当すると判断した場合に該当行為や言動をやめるよう警告し、従わない場合は窓口や電話での対応を中止することがあるとしました。さらに、特に悪質なカスハラに対しては警察への通報や弁護士相談など法的な対応を取ることもあると明記しています(参照*2)。

相手への伝え方にも留意が必要です。糸魚川市のマニュアルでは、相手に対して「カスタマーハラスメント」という言葉を直接使わないよう定めました。その理由として、この用語を用いると相手の心情を損ね、不満が増幅して事態が悪化しかねないことを挙げています。カスハラであるから対応を中止するのではなく、不当な言動に対してこれ以上対応できない旨をしっかり説明するという手順です(参照*7)。法的対応に至る前段階の伝え方にも、実務上の工夫が求められます。


先進自治体の取り組み事例


カスハラ対策を総合的に展開している自治体の事例を紹介します。生駒市は令和6年7月に職員アンケートを実施し、929人中283人がカスハラ被害を経験していた実態を把握しました。その結果を踏まえ、職員の名札デザインの変更や弁護士資格を有する職員の採用を行い、今後は庁舎内への防犯カメラ設置や電話録音装置の導入も進める計画です(参照*6)。実態調査から具体的な環境整備まで一貫して取り組んでいる点が特徴です。

豊中市は、職員が安心して市民対応ができる環境を整え、安定的で質の高い市民サービスにつなげることを目的にカスハラ対策を強化しました。基本方針の策定に加え、職員向け対応マニュアルの作成や相談窓口の設置を開始しています。さらに庁舎管理規則を改正して庁舎内での正当な理由がない撮影・録音への対応を盛り込み、電話通話録音の拡充を2027年1月に、庁舎内の防犯カメラ増設を2026年度中に予定しています(参照*13)。

新潟県は、県の職場におけるカスハラに対して組織と職員一人ひとりが毅然とした対応を行えるよう、判断基準や対処方法を示した対策要綱と対応マニュアルを策定しました。カスハラに組織的に対処することで、職員の利益の保護と過度な負担の軽減を図る方針を明確にしています(参照*12)。都道府県レベルでの要綱・マニュアル整備は、県内市町村がカスハラ対策を検討する際の指針にもなります。


対策推進時の注意点と失敗しやすいポイント


カスハラ対策を進める際には、いくつかの注意点があります。まず、クレームの全てをカスハラと見なさないことです。総務省は「クレームの全てがカスタマーハラスメントに該当するわけではなく、客観的に見て社会通念上相当な範囲で行われたものは正当なクレームであり、カスタマーハラスメントに該当しないことに留意する必要」があるとしました。加えて、「民間企業では顧客を選別した対応が可能である一方、公務職場では全ての行政サービスの利用者に対して公平・公正に行政サービスを提供することが必要」とも指摘しています(参照*4)。

また、カスハラの発生には対応側の要因が含まれる場合もあります。厚生労働省が令和6年に行ったスーパーマーケット業界における実態把握調査では、「カスハラに発展した原因」の上位に「顧客対応・サービス等の遅延」(71.2%)と「対応者の説明・コミュニケーションの不足」(63.6%)が挙がりました(参照*9)。自治体の窓口業務においても、対応の質を高めることがカスハラの未然防止につながる可能性があります。

さらに、管理職への対策周知も欠かせません。自治労連は、カスハラ被害を上司に相談した人が極めて多かったにもかかわらず解決しないケースがあることを「深刻な問題」と指摘しました。そのうえで「管理職などの職員に対してカスハラ対策の十分な周知や教育がなされていなければ、対応できないのは必ずしも責められることではない」とし、「カスハラ対策は管理職であっても個人に責任を集中させるのではなく、組織全体でルールづくりや相談体制を確立させ、1人で悩む人をつくらないものとするべき」と訴えかけています(参照*8)。


おわりに


自治体の窓口業務におけるカスハラ対策は、法改正や条例整備による制度面の後押しを受け、基本方針の策定、対応マニュアルの整備、相談窓口の設置、環境面の改善と多層的に進められています。職員保護は個人の努力ではなく、組織全体の仕組みとして構築することが求められます。

正当なクレームとカスハラの境界を明確にし、住民サービスの質と職員の安全を両立させること。それが、持続的に行政サービスを提供し続けるための土台です。各自治体の取り組み事例や法改正の動向を参考に、自組織に合った対策を進めていただければと思います。

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参照


(*1) 事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(◆令和08年02月26日厚生労働省告示第51号)

(*2) カスタマーハラスメントへの対応/豊川市

(*3) 大阪市 – 大阪市:大阪市職員に対するカスタマーハラスメント対策基本方針の用語解説等について (…>コンプライアンス・内部統制>カスタマーハラスメント対策)

(*4) 35.0%の自治体職員が過去3年間でカスハラを受けた経験(国内トピックス:ビジネス・レーバー・トレンド 2025年6月号)|労働政策研究・研修機構(JILPT)

(*5) 日本自治体労働組合総連合 – カスタマーハラスメント調査結果2024-25年「働くみんなの要求・職場アンケート」より

(*6) 生駒市公式ホームページ – カスタマーハラスメント対応マニュアルを策定

(*7) https://www.city.itoigawa.lg.jp/uploaded/attachment/18283.pdf

(*8) 公務職場で働く人の半数がカスハラを経験(国内トピックス:ビジネス・レーバー・トレンド 2026年1・2月号)|労働政策研究・研修機構(JILPT)

(*9) 政府広報オンライン – カスハラとは?法改正により義務化されるカスハラ対策の内容やカスハラ加害者とならないためのポイントをご紹介

(*10) 産業労働局 – 東京都カスタマー・ハラスメント防止条例|雇用就業|東京都産業労働局

(*11) 都庁総合 – カスハラ総合相談窓口 専門相談員の相談開始|6月|都庁総合ホームページ

(*12) カスタマーハラスメント対策要綱・対応マニュアルを策定しました。

(*13) プレスリリース・ニュースリリース配信シェアNo.1|PR TIMES – カスハラ対策を強化 職員の安心確保と市民サービス向上へ



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