書かない・行かない窓口はどう実現した?フロントヤード改革の先進事例5選
はじめに
自治体の窓口で何枚もの書類に同じ住所や氏名を書き、複数の窓口を回り、長時間待たされる。こうした負担を見直す動きが、フロントヤード改革の「書かない窓口」と「行かない窓口」です。少子高齢化と職員数の減少が進む中、窓口業務の仕組みを変えなければ、住民の利便性も行政の持続性も損なわれかねません。
実際に業務の見直しとデジタル技術を組み合わせ、待ち時間や手書きの負担を大きく減らした自治体が存在します。本文では、フロントヤード改革の基本的な考え方から、書かない窓口・行かない窓口の仕組み、そして5つの先進事例と導入のポイントまでを順に解説します。
フロントヤード改革の定義と背景
フロントヤード改革の意味と目的
フロントヤード改革とは、自治体の窓口を起点に住民サービスの利便性向上と業務効率化を同時に実現する取り組みです。総務省は、マイナンバーカードを活用した住民との接点の多様化・充実化や窓口業務の改善を通じて、この改革を推進しています(参照*1)。
改革が求められる理由は、行政サービスの質を保ちながら限られた資源を有効に使う必要があるためです。「自治体フロントヤード改革推進手順書」では、少子高齢化・人口減少が進む中で行政に求められる役割が多様化・複雑化していることを背景に、住民サービスの利便性向上と業務効率化を進め、企画立案や相談対応への人的資源のシフトを促すことで持続可能な行政サービスの提供体制を確保する必要があるとしています(参照*2)。
つまりフロントヤード改革は、単なるデジタル導入ではなく、窓口業務そのものの再設計を通じて住民と職員双方の負担を減らし、限られた行政資源をより高い付加価値の業務へ振り向けることを目的としています。
人口減少・労働力不足という課題
フロントヤード改革の背景には、深刻な労働力不足の見通しがあります。デジタル庁は、2040年には生産年齢人口が6,000万人未満まで減少すると推定しており、人口減少による労働力不足が深刻化する中で、地方自治体の業務を従来どおりのやり方で質を維持することには限界があると指摘しました(参照*3)。
職員数が減り続ける状況で窓口の品質を保つには、業務の進め方自体を変える必要があります。こうした将来推計が、フロントヤード改革を「いずれやるもの」から「今取り組むべきもの」へと押し上げています。
自治体の現場でも人手不足の影響は表面化しています。窓口対応に人員を割けなくなれば待ち時間の増加や対応品質の低下につながるため、書かない窓口や行かない窓口の導入による業務の省力化は避けて通れない選択肢となっています。
「書かない窓口」「行かない窓口」の仕組み
書かない窓口の基本構造
書かない窓口とは、来庁者が手書きで申請書を作成する負担をなくし、署名だけで手続きを完了できるようにする仕組みです。デジタル庁は、手続きする住民の課題として「何度も同じ項目を書かされる」「都度、窓口で待たされる」「複数の窓口に回される」ことを挙げています。一方で職員側にも「申請書ごとに記入方法の説明が求められる」「記入内容の確認作業が多岐にわたる」「複雑化に伴い業務が属人化する」といった課題があるとしています(参照*3)。
これらの課題に対し、「書かないワンストップ窓口」はデジタル3原則である「デジタルファースト」「ワンスオンリー」「ワンストップ」の考え方に基づいて、住民・職員双方の負担解消を目指します。具体的には、住民が一度提示した情報をシステム上で自動的に申請書へ反映し、本人確認と署名だけで手続きが済む流れをつくることで、手書きと移動の手間を大幅に減らしています。
行かない窓口を支えるオンライン申請基盤
行かない窓口は、住民が自宅や最寄りの施設から手続きを完結できる仕組みです。中野区は、スマートフォンやパソコンを使った電子申請により、区役所等の窓口に行かずに住民票の写しの交付申請や各種講座の申込みなどを行えるサービスを提供しており、電子申請は原則24時間365日いつでも申込みが可能です(参照*4)。
オンライン申請を自治体が自前で構築するのは負担が大きいため、共通基盤の活用が進んでいます。デジタル庁の資料では、行かない窓口・電子申請の手段として、職員が電子申請や申込予約、アンケートなどのフォームを作成・集計し一元管理できる自治体専用のノーコード電子申請システム「LoGoフォーム」が挙げられています。2023年11月時点で626自治体が導入しており、令和4年度デジ田交付金スタートアップ別採択件数でも最多でした(参照*5)。
こうした共通基盤により、専門的な開発スキルを持たない自治体でも行かない窓口の整備を進めやすくなっています。24時間申請できる環境が整えば、来庁の必要性そのものが減り、窓口の混雑緩和と住民の時間的負担の軽減を同時に達成できます。
窓口DXSaaSとBPRの二本柱
フロントヤード改革を支える仕組みは、システム面の「窓口DXSaaS」と業務見直しの「BPR(業務改革)」の二つに大別できます。窓口DXSaaSは、データを活用して窓口業務を効率化するサービスで、ガバメントクラウド上で9社から提供されています。自治体は自らが描く理想の窓口にマッチするサービスをその中から選択する仕組みです(参照*6)。
もう一つの柱であるBPR支援では、窓口改革を先行して実施した自治体職員が「窓口BPRアドバイザー」として、改革に意欲がある自治体のBPRの土台づくりをサポートしています。BPRのプロセスはフェーズ1(窓口利用体験調査による現状把握)、フェーズ2(アナログ手法による改革)、フェーズ3(システム導入)の3段階で構成され、本事業ではフェーズ1・2までの自走のきっかけづくりを支援しています(参照*2)。
この二本柱が示すのは、システムだけ入れても業務が変わらなければ効果は限定的であるという考え方です。業務フローの見直しと技術導入をセットで進めることが、書かない窓口・行かない窓口の実効性を左右します。
先進事例5選
中野区:標準化を活かしたMKシステム
東京都中野区は、MKシステムの導入によって窓口受付の効率を大きく向上させました。このシステムを取り入れた結果、窓口での受付にかかる時間は約5分から半減し、さまざまな改善の取り組みと合わせて、繁忙期に2〜3時間かかっていた待ち時間も18分に短縮されました(参照*7)。
住民側の体験も大きく変わっています。同区では「基本的には署名のみで申請書の作成が完了するため、区民の方にとっては記入による負担が圧倒的に少なくなった」としており、「名前しか書かずに済んだため、とても楽だった」という声も紹介されています。
さらに中野区は、来庁前にスマートフォンやパソコンから申請に必要な事項を入力し申請書を作成できる事前申請サービスも提供しています。転入・転出や住民票・印鑑証明等の手続きが対象で、来庁してからの記載が全部または一部不要になります(参照*8)。書かない窓口と行かない窓口の両面から住民負担を減らした事例です。
都城市:アナログ改革と一体のワンストップ窓口
宮崎県都城市は、アナログ改革とデジタル導入を一体的に推進する形で「書かないワンストップ窓口」を実現しました。転入や転居といったライフイベントにかかる手続きを市民課に一元化し、来庁者が住所などを印字した書類に署名するだけで申請を完了できる仕組みを構築しています(参照*9)。
この取り組みにより、住民の待ち時間と職員の時間外勤務をともに7割削減する成果が生まれました。業務フローの整理と首長のリーダーシップが組み合わさった結果が、大幅な改善につながった事例です。
裾野市:体験調査から始めた窓口BPR
静岡県裾野市は、現場の危機感をきっかけに窓口BPRに踏み出しました。2022年のゴールデンウィーク谷間の平日に来庁者が殺到し、市民向けの公式LINEで事実上の来庁自粛を呼びかける状況に追い込まれたと報告されています(参照*2)。
この経験を受けて裾野市は「市民も職員も幸せに」のスローガンを掲げ、アナログ改革・窓口BPRに着手しました。フロントヤード改革のBPRプロセスでは、まず窓口利用体験調査で現状を把握するフェーズ1から始めることが推奨されており、裾野市はまさに現場の実態把握を出発点にした改革です。具体的な混雑の数値を根拠にすることで庁内の合意形成が進みやすくなる点は、他の自治体にとっても参考になります。
角田市:DXSaaS県内初導入
宮城県角田市は、デジタル庁の自治体窓口DXSaaSを活用した書かない窓口を県内で初めて導入しました。2024年3月5日から市役所の一部手続きで、市民の利便性向上と職員の業務効率化を目的に「書かない窓口システム」を使った窓口支援サービスを開始しています(参照*10)。
窓口DXSaaSはガバメントクラウド上で9社から提供されているサービス群の中から、自治体が自らの理想に合うものを選ぶ仕組みです。角田市のように人口規模が大きくない自治体でも、共通基盤を活用すれば初期のシステム構築を効率的に進められます。県内初の導入という事実は、同規模の自治体にとって検討のハードルを下げる前例となっています。
山梨市:リモート窓口で「行かない」を実現
山梨県山梨市は、行かない窓口を「リモート窓口」という形で具体化しました。公民館や支所などの身近な施設にビデオ通話が可能な機器を設置し、本庁窓口とつなげることで、市民が市役所まで行かなくても遠隔で各種相談や制度の説明、申請等を行える仕組みです(参照*11)。
この取り組みは実証事業として進められています。オンライン申請だけではカバーしにくい「対面での相談」と「来庁不要」を両立させている点に特徴があります。高齢者やデジタル機器に不慣れな住民にとっても、職員の顔を見ながら手続きできるため、行かない窓口の間口を広げる手段として意味があります。電子申請とリモート窓口を組み合わせることで、行かない窓口の対応範囲をさらに拡大できる可能性を示した事例です。
導入の手順と成功のポイント
BPR3フェーズの進め方
フロントヤード改革を進める際は、いきなりシステムを入れるのではなく、段階的に業務を見直すBPRの手順が欠かせません。「自治体フロントヤード改革推進手順書」では、現状分析に基づいた取り組みの選定を求めており、デジタルツールを導入する前に住民・職員双方の課題を把握し業務フローを解析することが重要です(参照*2)。
BPRのプロセスはフェーズ1で窓口利用体験調査により現状を把握し、フェーズ2でアナログ手法による改革を行い、フェーズ3でシステムを導入するという3段階で構成されています。業務フローの見直しをせずにデジタルツールを導入すると、紙申請とオンライン申請で別々の業務フローが生まれ、職員の業務効率化につながらない結果になりかねません。
窓口業務改革は、単に新たなシステムを導入することが目的ではなく、業務の流れや役割分担、手続きの進め方など窓口業務全体の仕組みを見直すことで市民の利便性向上と業務効率化を図るものです(参照*12)。フェーズ1・2で現場の実態をつかみ、課題を可視化してからシステム導入に進む順序を守ることが、成果を出すための前提条件です。
全庁体制と首長のリーダーシップ
フロントヤード改革は窓口部門だけで完結する取り組みではなく、全庁的な体制構築が成否を分けます。「自治体フロントヤード改革推進手順書」では、首長の強いリーダーシップや窓口職員の理解等に加え、窓口部門・デジタル部門・企画部門等が全庁一丸で取り組む体制の構築が不可欠であるとしています(参照*2)。
都城市の池田市長は「首長がデジタルに詳しい必要はない。首長の主な仕事は、デジタルが今後の地域社会に必要不可欠なものであることを理解した上で、全力で旗を振ることである」と話しています(参照*9)。技術的な知識よりも、改革の方向性を示し組織全体を動かす意思決定の姿勢が求められています。
窓口部門だけが動いても、バックヤードの業務フローが旧来のまま残れば改革の効果は半減します。デジタル部門や企画部門と連携し、予算確保から業務フローの再設計まで一貫して取り組む枠組みをつくることが、書かない窓口・行かない窓口を定着させる土台になります。
失敗を防ぐ注意点と課題
システム先行導入のリスク
フロントヤード改革で最も避けるべき失敗は、業務の見直しを行わないままシステムだけを導入することです。デジタル庁は、窓口BPRを行わないままシステム導入のみ進めると、かえって手続きが複雑化しバックヤードの職員側の業務が増加するリスクがあると指摘しました。「自分たちが目指す窓口の姿(ゴール)」を明確にし、窓口業務とバックヤード業務の双方が効率化につながるように進めることが必要です(参照*3)。
自治体の現場では、リソース不足も深刻な障壁となっています。長野県では77市町村のうち人口1万人以下の自治体が43団体、そのうち1,000人以下が7団体を占めています。こうした小規模自治体では、合意形成の難しさや知識・ノウハウ不足も重なり、「費用対効果がどれくらい出るのかわからない」「何から始めればいいかわからない」という声が多く聞かれます(参照*2)。
システム導入を検討する際には、まずBPRのフェーズ1・2で現場の課題を把握し、アナログの改善で効果を確認してからフェーズ3へ進むという段階的な進め方が、リスクを抑える有効な手段です。
支援メニューの分かりにくさへの対策
自治体がフロントヤード改革に取り組もうとする際、国の支援制度がわかりにくいという構造的な問題も残っています。国会審議では、デジタル庁と総務省で提供されている支援メニューが、自治体からすると同じところに帰結するにもかかわらず入口が分かれており、支援の体制の全体像が非常につかみにくいことが指摘されました(参照*13)。
支援制度の窓口が複数に分かれていると、特に人的リソースの少ない小規模自治体にとっては情報収集だけで大きな負担になります。国会審議では、手順書にデジタル庁の窓口DXSaaSや窓口BPRアドバイザー派遣事業といった支援策を含めて一覧的に記載することとしている旨も示されています(参照*13)。
担当者が支援制度の全体像を把握できなければ、適切なメニューの選択自体が遅れ、改革の着手時期も後ろ倒しになりかねません。先行自治体の事例を共有する窓口BPRアドバイザーの活用など、人を介した情報伝達の経路を併せて確保することが、制度の分かりにくさを補う現実的な対策です。
おわりに
フロントヤード改革の先進事例は、書かない窓口と行かない窓口がいずれも業務の見直し(BPR)とデジタル技術の組み合わせによって成果を出していることを示しています。中野区や都城市のように待ち時間や時間外勤務を大幅に削減した自治体では、現場の課題把握から段階的に取り組みを進めていました。
人口減少と職員不足が進む中、書かない窓口・行かない窓口の整備は多くの自治体にとって避けられない課題です。本記事で取り上げた5つの事例や導入手順を、自庁の改革を検討する際の参考にしてください。
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参照
(*1) デジタル庁 – 自治体フロントヤード改革の取組状況に関するダッシュボード|デジタル庁
(*2) デジタル庁ニュース – 住民を待たせない窓口へ。先進自治体に学ぶフロントヤード改革・窓口DXの理論と実践(共創PFキャンプ)|デジタル庁ニュース
(*3) デジタル庁 – 自治体窓口DX「書かないワンストップ窓口」|デジタル庁
(*4) 行かない窓口
(*5) 自治体の皆様へ ~マイナンバーカードのオンライン市役所 構想を進めるために ご参考資料
(*6) 自治体窓口DX(書かないワンストップ窓口) に関する取組状況説明
(*7) デジタル庁ニュース – 中野区職員が自ら開発、「書かない窓口」を実現するMKシステムとは:基幹業務システムの標準化をきっかけに業務改善|デジタル庁ニュース
(*8) 書かない窓口
(*9) 地域社会DXナビ – 地方公共団体のキーパーソンに聞くvol.9
(*10) 窓口支援サービス「書かない窓口」始めました
(*11) 「リモート窓口」の実証実験を開始します
(*12) 船橋市窓口業務改革推進計画
