法改正で自治体の電子契約はどう進んだ?課題や導入事例も解説
▶監修・解説:北川哲也氏
補助金や許認可の手続きを専門とする行政書士事務所Link-Up代表 北川哲也氏。
2011年に29歳で開業し7年間個人事務所として中小企業向け行政書士サービスを展開。
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電子契約を導入・検討している自治体はまだまだ少ない
2021年に行われた地方自治法施行規則の改正にともない、自治体の電子契約導入への動きは加速しましたが、実際のところは二極化が進んでいるようです。
GMOグローバルサイン・ホールディングス株式会社が、2022年6月に実施した調査を以下の表にまとめました。
<電子契約の導入および検討状況>
導入状況:比率
既に導入済み : 1.7%
令和5年度以内に導入 : 1.9%
導入に向けて検討や調査中 : 36.9%
導入予定なし : 50.1%
不明・その他 : 8.1%
約4割の自治体が導入に向け検討・調査をはじめていますが、導入済み・来年度までに導入予定と回答した自治体は、3.6%と少数派であることが分かります。5割以上の自治体は「現時点では予定なし」と回答しており、すべての自治体で電子契約導入に向けた足並みが揃っているわけではなさそうです。
しかし、同調査において、多くの現場の自治体職員が、紙の契約書に非効率さを感じていることが確認できました。また、電子契約の導入によるコスト削減効果に期待を寄せる自治体が、6割程度あることも分かっています。
今後、導入した自治体のモデルケースが多くなるにつれ、「導入予定がない」とした自治体も検討に踏み切るのではないでしょうか。
地方自治法施行規則の改正前の電子契約の状況
地方自治法施行規則改正前は、自治体と民間企業が電子契約を結ぶ際には、厳しい要件の電子証明書を電子署名に添付することが必須とされていました。
その電子署名の要件とは、
● 地方公共団体情報システム機構(J-LIS)が発行したもの
● 認定事業者が発行したもの
● 登記官が作成したもの
といったものであり、民間企業にとってはハードルがかなり高いものでした。
契約の当事者双方が電子証明書を添付する必要があるため、地方自治体と民間企業の間では、事実上「当事者署名型」の電子契約しか結べず、障壁となっていたのです。
地方自治法施行規則の改正により生じた変化・影響とは
2021年の法改正により、これまで障壁となっていた厳密な電子署名の要件が緩和され、民間の電子契約サービスを活用した、より実務に即した運用ができるようになりました。
法改正により生じた変化・影響は以下の3点が挙げられます。
事業者署名型電子契約(立会人型)が利用可能に
一つ目は、「事業者署名型」の電子契約が利用可能になったことです。事業者署名型電子契約とは、電子契約システム事業者が立会人となり電子証明を発行することで、契約が成立する仕組みです。
これにより、契約当事者双方が電子証明書を取得する必要がなくなりました。
民間企業における電子契約は、事業者署名型が主流です。法改正により、自治体も民間企業と同様に事業者署名型の電子契約システムが利用できることになり、双方の業務効率化が見込めるようになりました。
クラウド型電子署名が利用可能に
クラウド型電子署名も利用可能になりました。クラウド型の電子署名は、当事者署名型の「リモート署名」を、サービス事業者のクラウド上で行う仕組みです。
リモート署名とは契約当事者双方が、リモート署名事業者のサーバー上に「署名鍵」を設置・保管し、この署名鍵を用いて署名します。クラウド上で署名が完結する当事者署名の一手法です。
法改正により、自治体の電子契約に民間の事業者が介入できることになったことから、クラウド型の電子契約も可能になりました。
マイナンバーに基づく「当事者署名型」が利用可能に
政府が推進するマイナンバーカードには、電子証明書としての機能が付与されています。「公的個人認証サービス」と呼ばれるもので、オンライン上の申請や手続きを行う際の本人確認の手段として用いられています。
当事者署名型では、契約当事者が取得した電子証明書が必要ですが、法改正によりマイナンバーカードの電子証明が自治体の電子契約にも認められるようになりました。
このことにより、マイナンバーカードを利用した、様々な自治体の電子サービスが増えていくことが予測されます。
自治体が電子契約を導入することによる4つのメリット
自治体が電子契約導入を推進することにより、自治体の業務効率化だけではなく、関係先の企業にも収入印紙が必要なくなるといったメリットをもたらします。
実際にある自治体では、
● 契約1件あたり作業時間が20~30分短縮
● ペーパーレスなどで年約250万円の経費削減が見込める
など、目に見えた効果が表れ、他の自治体からの問い合わせが相次いでいるとのことです。自治体が電子契約サービスを導入するメリットを解説します。
非来庁型のサービスが可能になる
庁舎に足を運ぶことなく、契約関連の手続きがオンライン上で完了することは、関係先の企業にとっても大きなメリットとなります。長引いたコロナ禍において、非対面の利便性は十分に浸透しました。
自治体が民間の電子契約サービスを導入することで、受注者である民間企業はインターネット環境とメールアドレスの用意だけで、電子契約を完結させている事例もあります。今後は、業務効率化の側面から非来庁型のサービスが拡充されていくことでしょう。
契約業務の効率化が図られる
紙の契約書を用意する必要がなくなるだけでも、大きな効率化が図られます。印刷・製本などの手間がなくなれば、契約業務におけるコスト削減が見込めるでしょう。
契約書作成に関しても、テンプレートを用いるなどすれば、ゼロベースでの作成は必要なくなり、大幅な時間削減が可能です。
署名・捺印のために契約書を郵送し、返送してもらうといった手間もなくなります。郵送にかかるコスト削減だけでなく、これまで契約書の往復に数日間を要していたものが、最短1日で可能になるなど、業務の大幅なスピードアップが期待できるでしょう。
契約書類の管理が簡素化される
電子契約が主流になれば、契約書自体も紙ではなくデータで保管されるようになります。これにより、検索性と閲覧性が飛躍的に向上することも大きなメリットです。
膨大な量の紙の契約書を保管・管理するだけでも、大きな負担です。過去の契約書を閲覧したい場合は、そのなかから目当ての契約書を探し出す必要があり、面倒な手間となっていました。
データで管理することにより、必要な契約書を必要な時に取り出せる環境が整います。保管スペースも必要なくなり、検索に要する時間も削減できるため、空いたリソースをほかの重要な業務に振り分けることが可能になります。
承認フローが簡略化できる
自治体の承認フローは、複雑な階層を経ることが多く、かなりの時間を要します。紙の書類を回覧して承認を得るためで、庁舎が離れている場合や、複数の出先機関の承認が必要なケースでは、1週間程度を要することもありました。
電子契約システムを導入することにより、こうした書類の回覧は必要なくなります。オンライン上に決裁書類を配信し承認作業が行えるため、出張先や外出先または移動中でも承認が可能です。大幅な業務効率化につながるでしょう。
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自治体における電子契約の導入事例を紹介
ここでは、既に電子契約を導入している自治体の事例を紹介します。冒頭で紹介した調査結果からも分かる通り、既に導入済みの自治体は全体の1.7%であることから、ここに挙げる事例は先進的なモデルケースといえるでしょう。
ここでは6つの取り組みを紹介します。
神奈川県茅ヶ崎市
神奈川県茅ヶ崎市は、同市のDX推進方針の一つである「ICTのさらなる活用と、非対面・非来庁型のサービス推進」の一環として、クラウド型電子契約サービスを導入しています。令和4年4月にいち早く導入を開始し、書面義務化のある契約や10年を超える契約、個人との契約を除く、ほぼすべての契約書・協定書・覚書を対象に電子化を進めました。
こうしたスムーズな導入が実現した背景には、前年の令和3年6月より市内の事業者に対し、導入予定のシステムによる実証実験を行った経緯があります。実証実験に参加した事業者38社へのアンケートによると、「今後電子契約サービスを利用したい」と回答した事業者は9割にもおよびました。
参加した事業者が挙げたメリットとしては、「業務効率化・31件」「コスト削減・21件」(複数回答可)が大半を占めます。事務時間の削減や収入印紙が不要になるなど、かなりのメリットを実感できたことが推察されます。
参考:茅ヶ崎市ホームページ
長野県中野市
市民サービスの向上施策の重点項目として、「DX推進」を掲げていた中野市は、長野県下で最も早く電子契約の導入に着手します。市の業務すべてを一度にDX化することは、初期コストとの兼ね合いから現実的ではありません。まずは、印紙代や印刷・輸送費用などの経費がかさみ、時間もかかっていた「契約業務」から電子化を進めました。
同市が電子契約の導入に向け心がけた点は、「相手先である事業者に負担をかけない」ことでした。コスト削減につながることはもちろん、導入にあたっては事業者が簡単に無理なく利用してもらえることを第一に考えます。
こうした姿勢は事業者の好反応を引き出し、導入に向けての説明会や勉強会で否定的な意見が出ることはなく、むしろ「前向きにどんどん進めてほしい」という声も上がったとのことです。以後、段階的に導入を進め令和5年度には原則電子契約とし、多くの事業者とメリットを共有したいとしています。
茨城県
茨城県は都道府県としては、はじめて「事業者(立会人)署名型」の電子契約サービスを導入した自治体です。県庁業務のDX化推進にいち早く取り組むなか、法改正以前から積極的に国に働きかけ、「事業者署名型」の電子契約サービスを自治体も導入すべきと要望を上げていました。
こうした早い取り組みの背景には、県庁業務の現状とデジタル化により今後目指すべき姿が明確になっていたことが挙げられます。令和2年10月2日に知事が記者発表した「県庁業務のデジタル化に向けた挑戦」には、以下の3つの項目が掲げられています。
● 県民等が提出する書類のデジタル化
● 公印のデジタル化
● 内部事務のデジタル化
公印のデジタル化において事業者署名型の電子契約システムに向け、地方自治法の改正または、対応可とする解釈の明確化を国へ要望すると明記されています。
今後も「電子決裁率100%」を掲げ、テレワークや脱ハンコへの取り組みを進めていくでしょう。
参考:電影契約の導入について
参考:県庁業務のデジタル化に向けた挑戦
茨城県笠間市
茨城県笠間市は、財務会計や文書管理のデジタル化をいち早く進めてきた自治体です。市長公室にデジタル戦略課を設置し、2020年の段階で財務会計の電子決裁は5年以上の運用実績があり、同年春からは文書管理の電子化もはじめているという状態でした。コロナ禍と同時にテレワークに移行できる準備ができていた好事例といえるでしょう。
電子契約の導入については、政府が押印廃止の方針を打ち出したのをうけ準備を開始。茨城県が事業者署名型の電子契約導入を、国に要望していた動きを見ながら進めていきます。県の動きと連動しつつ、笠間市として取り組んだことは、マニュアルの整備をはじめとした庁内での共有に時間を割くことでした。
令和5年の段階では、「建設工事請負契約」「物品売買契約」をはじめ、法令で紙面契約が必要なものを除き、ほぼすべての契約で電子化が完了しています。
鹿児島県奄美市
離島地域である奄美市は、契約書類の郵送に時間がかかるという地理的な課題を抱えていました。実施に向け協議をはじめるなか、地方自治法施行規則の改正が発表され、導入への後押しとなります。
同市がまず実施したのは、電子契約サービスを仮導入したうえでの実証実験です。契約件数の多い事業者を中心に参加を依頼し、職員向けの説明会も実施します。参加企業と検証を重ねるなかで、従来の紙の契約書と比べ、明らかな作業時間短縮と、契約締結にともなう印紙代や郵送費のコスト削減が見込めたため導入が早期に決定しました。
令和4年の6月に導入がはじまり、最初の4ヵ月で電子系契約の利用率が50%を超えます。製本・押印・郵送といった作業が不要になり、契約1件あたりの作業時間が20~30分短縮、トータルで126~189時間の効率化が図られています。
岐阜県内17の自治体
まだ本格導入にいたってはいませんが、県下の複数の自治体が共同で実証実験を実施した事例があり紹介します。岐阜県下の高山市、多治見市をはじめとした17の自治体において、令和5年10月の導入を目指し実証実験を行いました。
令和4年2月、民間電子契約サービス協力のもと、11の協力事業者と実施したところ好意的な意見が多く寄せられ、全社で導入の検討を継続するという回答が得られました。
また、岐阜県内では実証実験に参加した17の自治体に先駆け、御嵩町が既に導入を進めており、運用開始から11ヵ月間で約26%の契約を電子化しています。これにより、事務作業にかかる時間を5,910時間、コスト面では21,089円の削減効果が見られました。
地方自治体が電子契約を導入する際に生じる課題とは?
自治体が電子契約サービスを導入することで、効率化・コスト面に大きなメリットがあることが分かりました。しかし、導入にあたっては課題も多く、クリアするためには自治体側の努力だけではなく、取引事業者の協力も不可欠です。
以下で、自治体が電子契約を導入するうえで、解決しなければならない課題を解説します。
セキュリティリスクが生じる
セキュリティリスクは避けて通れない、また必ずクリアしなければならない課題です。サイバー攻撃やコンピューターウイルスにより、システムダウンでサービスが停止してしまうリスクは常につきまといます。
自治体が保有するデータは、住民の個人情報など、機密が集積されたものです。こうしたデータの漏洩を防ぐには、強固なセキュリティ対策と合わせて厳密な内部統制も必要です。電子契約においては、第三者による「なりすましのリスク」への対策も必須となります。
業務フローの変更が発生する
電子契約を導入した場合、これまでの業務フローが大きく変更されることが多くあります。慣れない業務フローで契約書の決裁が進むため、見落としなどの不備が発生するリスクが高まるでしょう。
また、決裁規程がある場合は、新たな業務フローに応じて改変する必要が生じます。業務フローの変更は、現場の職員の戸惑いや反発を生むケースもあるため、事前の説明やマニュアル・Q&Aの作成など、準備を万端にしておかなくてはなりません。
電子契約が不可能な契約がある
すべての契約書が電子契約に対応するのではないことも、考慮しておく必要があります。特に不動産関係の契約書は、権利関係を明確にしておく必要性が高いことから、書面での交付が義務付けられています。
紙の契約書と電子契約が混在することにより、業務が煩雑になることも想定されます。今後、こうした契約書も法改正が進み、電子化が進むことが予測されますが、現時点で電子化不可である契約の種類は把握しておく必要があるでしょう。
取引先企業への説明や合意が必要になる
契約は相手があって成立するものです。一方的に「電子契約に変更しました」と自治体からの通達をしただけでは、浸透することはありえないでしょう。説明会の開催や、相談窓口を設けるなどの準備や体制の構築が必要になります。
また、事業者によっては紙の契約書にこだわるケースも想定されます。同種の契約書で紙と電子が混在する、といったことも想定しておかなくてはなりません。
まとめ:自治体の電子契約導入は行政のサービス向上に不可欠
一部の自治体では、先進的な取り組みにより電子契約の導入が進み、様々な効果が散見されています。また、4割の自治体においても導入の検討が進んでおり、今後多くの成功事例が共有されるようになると、現在未検討の自治体にも導入の流れが広がるでしょう。
事例として紹介した各自治体の取り組み状況からも分かる通り、関係事業者にとっては電子契約は歓迎すべきものであるようです。行政サービス向上の取り組みとして、電子契約の導入は、ますます不可欠なものになっていくでしょう。
▶監修・解説:北川哲也氏
補助金や許認可の手続きを専門とする行政書士事務所Link-Up代表 北川哲也氏。
2011年に29歳で開業し7年間個人事務所として中小企業向け行政書士サービスを展開。2018年春に株式会社Link-Upを立ち上げ、士業サービスでカバーしきれないコンサルティングや顧問サービスをスタート。公益社団法人茅ヶ崎青年会議所の2021年度理事長や認定NPO法人NPOサポートちがさき参画など活動多数。