インフラ点検にAIを活用するメリットとAI点検の導入事例
日本にあるインフラ設備の大部分が高度経済成長期に建設されており、現在、それらインフラの老朽化が問題視されています。さらに、今後20年で老朽化するインフラの数は、加速度的に増えていくと予想されています。
こういった背景もあり、国や自治体ではAIを活用したインフラ点検を導入しつつあります。
そこでこの記事では、AIによるインフラ点検のメリット、注意点、導入事例などを紹介しながら、今後の展望についても解説します。インフラ点検にAI導入を検討する際は、ぜひ参考にしてください。
▶監修・解説:北川哲也氏
補助金や許認可の手続きを専門とする行政書士事務所Link-Up代表 北川哲也氏。
2011年に29歳で開業し7年間個人事務所として中小企業向け行政書士サービスを展開。
●監修者の詳細な経歴はこちら
インフラ点検の現状と課題
日本では社会インフラの老朽化が大きな問題となっており、老朽化によるインフラ事故も起きています。
インフラを適切に維持管理していくには、定期的な点検とメンテナンスが欠かせません。
また、2014年には国土交通省が、高さ2m以上の道路橋やトンネルを「5年に1度」の頻度で点検することを市町村に義務付けました。
しかし、インフラの点検にはいくつかの課題もあります。
日本のインフラ老朽化の進行
高速道路、トンネル、橋梁、ダムなどのインフラは、建設後50年が老朽化の目安とされています。
これら社会インフラの多くは、1960〜70年代の高度経済成長期に建設されており、建設から50年以上経過したものが今も増え続けているというのが実情です。さらに、今後20年間で老朽化するインフラの割合は加速度的に高くなるとされています。
建設後50年以上になるインフラの割合は、以下のようになります。
2030年3月
道路橋:55%
トンネル:36%
河川管理施設:23%
下水道管渠:16%
港湾施設:43%
2040年3月
道路橋:75%
トンネル:53%
河川管理施設:38%
下水道管渠:35%
港湾施設:66%
このような予想があるにもかかわらず、社会インフラを再建設できるほど財政に余裕がないというのも問題です。また、インフラを維持管理するための費用も、徐々に増大すると予想されています。
維持・管理のための人材・技術の不足
インフラ点検をするときは、現地に足を運んで目視で実施する必要があります。また、足場を組んでの作業や、ゴンドラに乗っての作業も多く、転倒や転落といった事故を起こすリスクも高いです。
危険を伴うインフラ点検という仕事に魅力を感じる人は少なく、成り手も少ないと言わざるを得ません。こういった状況に加えて、点検やメンテナンスを必要とするインフラの数は増え続けているため、慢性的な人材不足に陥っています。
また、人材不足だけでなく点検技術の低下も危惧されており、AIによる点検を取り入れる動きが進んでいます。
少子高齢化と熟練労働者の確保問題
日本では、少子化により労働人口そのものが減ってきており、インフラ点検の現場でも人材確保が大きな課題です。
また、インフラ点検に熟練した技術者たちの高齢化も進んでいますが、その技術を伝承する若い労働者も少ないため、熟練した技術者たちが減っていくという問題もあります。
インフラ点検の技術をどのように伝えていくか、熟練技術者をどう育てていくか、これらも重要な課題です。
最近では、デジタルやAIを活用しながら「熟練者の技術を標準化していく」動きが広がってきており、今後もこの動きは加速していくでしょう。
AI技術のインフラ点検への応用
インフラの老朽化、インフラを維持管理するための人材不足、維持費用の増大などの問題があり、インフラ点検へAI技術を活用する動きが広がっています。
国土交通省でも「国土交通省インフラ分野のDX 推進本部」を設置して、インフラ分野についてDX(デジタル・トランスフォーメーション)の取り組みを推進しています。
画像認識・映像解析の進化
AI分野の中でも、とりわけ「画像認識」の技術は著しく発展しており、人の目視では見分けがつかないものまで認識できるほどの精度です。
撮影した画像や映像をAIで解析することにより、人では見落としてしまうような異常も発見することができます。
精度の高いAI技術を利用することで、コンクリートや建物などの「微細なひび割れ」を見つけることができるため、道路の舗装、トンネル、ダムなどのインフラ点検に活用されています。
ドローンやカメラを活用した点検技術
橋梁、風力発電、送電線、港湾施設、治山施設など、高所での点検作業が必要な場所では、転倒や転落による事故リスクが伴います。
しかし、ドローンを使った空からの撮影や、カメラを設置して地上から撮影する技術も活用され始めています。また、簡単に通行止めができない高速道路でも、ドローンによる撮影が有効です。
また、ドローンやカメラを活用することで、インフラ点検に割く人員も減らすことができるため、より多くの場所で導入されることが期待されています。
AIによる劣化度の判定・スコアリング
現在、AI分野では「深層学習(ディープラーニング)」と呼ばれる技術が取り入れられており、大量のデータを基にAI自らが学習することを可能にしています。
インフラ点検の場面でも、既存の画像や映像、データをAIに学習させることで、インフラの劣化度の判定や、スコアリングなどが可能になります。
また、劣化度によってランク付けをすることで、点検や修理の優先順位を決めることができます。さらにデータ学習を重ねていけば、判定やスコアリングの精度をより高めることが可能です。
【出展社・来場者募集中!】
全国から自治体関係者が来場する日本最大の展示会
【出展社・来場者募集中!】
全国から自治体関係者が来場する
日本最大の展示会
AIを活用したインフラ点検の事例
AIを活用したインフラ点検は、いくつかの実証実験を経ながら全国各地で導入され始めています。ここでは、以下の3つの事例について紹介します。
● 画像認識AIのインフラ点検活用
● AI橋梁診断支援システムの導入
● AI道路診断システムの実用化
インフラ点検にAI導入を検討される際は、これらの事例も参考にしてください。
画像認識AIのインフラ点検活用事例
広島県北広島町では、NTTビジネスソリューションズ(株)及び日本電信電話株式会社アクセスサービスシステム研究所とともに、道路設備のAI点検に関する共同実験が行われました。
まず、簡易カメラを取り付けた車両で町道を走行しながら、沿道の画像を撮影します。この画像データをAIに処理させて、標識とガードレールの錆を自動検出します。結果は、検出率97.5%でした。
この画像認識AIによる点検技術を導入することで、点検業務以外で巡回走行している車両から画像データを取得しながら、AIによるインフラ点検が可能となります。それにより、大幅な人的コストの削減が期待できるでしょう。
参考:北広島町「暮らしDXの実現に向けて-道路設備点検のDX化共同実験」
参考:NTT「画像認識AIを用いて社会インフラ設備の錆を高精度に検出」
AI橋梁診断支援システムの導入事例
石川県七尾市では、株式会社日本海コンサルタントらと共同して「AIを活用した小規模橋梁点検」の実証実験が行われました。この実証実験は、国土交通省の第4回インフラメンテナンス大賞で「優秀賞」を受賞しています。
棟梁点検データを学習したAI橋梁診断支援システムを使って実証実験を行い、次年度から実運用した結果、健全度の正答率は92.9[1] %、劣化要因の正答率は96.4%となっています。これは技術者の診断レベルと同等か、それ以上とされています。
AI橋梁診断支援システムの活用は、技術者不足の地方自治体への導入において有用性が確認できており、さらに橋梁点検のコスト抑制も期待できるでしょう。
AI道路診断システムの実用化
北海道札幌市では、道路の舗装点検にデジタル・AI技術を取り入れた取り組みが実施されています。
札幌市では5年に1度の頻度で、徒歩や目視による舗装点検を実施していましたが、事業者からは簡略化を求める声が多く、また人材不足も大きな問題となっていました。そこで、以下の取り組みを始めています。
● スマホの加速度センサーによる路面状況の把握
● AIの画像解析による路面のひび割れなどの把握
具体的には、パトロール車のダッシュボートにスマホを取り付け、走行中の揺れで路面の凹凸を検出します。また、市販のビデオカメラで撮影した路面画像をAIが解析して、ひび割れ、わだち掘れについて評価をします。
これまで1巡するのに5年かかっていた生活道路点検に関して、1年で路面凹凸のデータを取得することが可能になりました。
AIを活用したインフラ点検のメリット
インフラ点検にAI技術を活用する主なメリットとしては、以下のものが挙げられます。
● 点検作業の効率化
● 点検の精度向上
● コスト削減とリソースの最適化
インフラ点検の効率化やコスト削減だけでなく、インフラの老朽化や人員不足といった問題も抱えている自治体では「点検の精度向上」といった点も見逃せません。
点検作業の効率化
AIは大量のデータを高速に処理することができるため、手動でやっていた点検作業やデータ解析などを短時間で実施できます。また、AIは深層学習の技術により、新しいデータや情報をもとに自動で学習していくため、継続的に点検作業の効率も上がっていきます。
そして、収集されたデータを整理して、必要な情報だけを抽出できるのもAIの強みです。点検結果を分析したり、報告したりする際にも、AIを活用することで作業の効率化が図れます。
点検業務や報告業務など、アナログが中心だった作業にAI技術を導入することは、インフラ点検の効率化のためにとても重要です。
点検の精度向上
画像認識や映像解析といったAI技術は、進歩するスピードがとても速いです。現在、AIによるコンクリートのひび割れや、路面のひび割れなどの検出率は、90%以上に達しています。
また、AIがデータを蓄積しながら自ら学習していくことで、その精度はもっと向上していきます。
これからもAIの精度が向上していくことで、人の目視では発見できなかった異常も見つけることができ、インフラの維持やメンテナンスにも大いに役立つでしょう。
慢性的に熟練した技術者が不足している現状において、技術者と同等かそれ以上の点検ができるAI技術は、ますます必要性が高まっています。
コスト削減とリソース(人材・時間)の最適化
ドローン、ロボット、カメラ、スマホなどを使って画像や映像を撮影し、それをAIに解析させることで、人件費や作業時間を減らすことができます。
橋梁や送電線といった人がアクセスしにくいような高所での作業も、ドローンやロボットとAIを組み合わせて使えば、点検を自動化することが可能です。そうなると、必要以上に人員を割く必要もなくなり、作業時間も短くなります。
また、AIにより点検精度が高くなると、誤判定や見落としも少なくなるため、再点検の頻度も確実に減少します。
AIが劣化度のランク付けやスコアリングをすることで、点検やメンテナンスの優先順位が決めやすくなるため、時間や人材の割り当てを最適化させることにも役立つでしょう。
AIをインフラ点検へ導入する際の注意点
AIを活用したインフラ点検にはメリットも多いですが、AIを導入するには注意点を理解しておくことも大切です。
ここでは主な注意点を、3つ取り上げて解説します。
現場の意見を最優先する
インフラ点検の現場に従事している技術者は、日々の作業を通じて「インフラの状態」や「点検作業の特性」を熟知しています。現場の実情に合わせてスムーズにAI技術を導入するためにも、現場の意見はとても貴重です。
また、AI技術を効果的に活用するには、技術的な側面だけでなく業務フローや業務プロセスに合わせる必要があります。現場のニーズをしっかりと把握して、それに合った機能やシステムを導入しましょう。
現場で作業をする技術者との信頼関係を壊さないためにも、AI技術導入のメリットばかりを伝えるのではなく、ときには現場の意見も尊重してください。
100%の精度ではない
AI技術は日進月歩で発展しており、異常の検知率も技術者と同等かそれ以上の精度になってきています。それでも、AIの点検精度は100%ではありません。
インフラ点検のすべてをAIに頼ってしまうと、潜在的な危険や問題点を見逃してしまう恐れがあります。その結果、事故のリスクを高めてしまいます。
熟練者が持っている知見やデータをAIに学習させるなど、技術者とAIを連携させることで、より精度の高いインフラ点検が可能となるでしょう。
学習データの整備が必要である
AIの性能は、学習するデータの質と量に大きく依存します。適切に整備されたデータをAI学習に活用することで、AIはより精度の高い検知や予測が可能になります。
特定の状況のみを反映したような偏ったデータばかりでなく、多様なデータをAIに学習させることで、様々な状況に対応できるようになるでしょう。
現在、インフラ点検の目的やタスクに応じてデータを整備すること、AIと学習データを適切に連携させることなどが課題となっています。
参考:関東地方整備局「インフラ構造物維持管理のためのAI を 活用したデータ連携・結合手法に ついての技術研究開発」
参考:土木学会 技術推進機構「インフラ維持管理へのAI技術適用のための調査研究報告書」
インフラ点検の未来とAIの役割
インフラの老朽化が急速に進行している日本において、AIの導入によりインフラ点検は今後どのように変化をしていくのか、またAIに求められる役割はどう変化していくのか、これらの未来を予測しておくことも大切です。
AI技術のさらなる進化と期待
今後、膨大なデータがAIに蓄積され、それを解析するアルゴリズムも進化していきます。これに加えて、AIを使用する技術者の育成、利用環境の整備などが進めば、様々なインフラ点検の場面でAIが活用されるようになります。
AIの画像認識技術はより高度になり、人の目視では発見できないような微細な損傷を検出する能力が向上するでしょう。これにより早期のメンテナンスが可能になります。
また、データ処理スピードがアップすることで、ドローンやセンサーから得られたデータをリアルタイムで解析できるようになり、点検作業の大幅な効率化に役立ちます。
インフラの将来的な劣化をより正確に予測できるようになれば、効率的なインフラの点検やメンテナンスが可能になり、コストの削減が期待できます。
点検作業の自動化の可能性
ドローンやロボット技術とAIを組み合わせることで、人手を必要としない自動化されたインフラ点検が可能になります。
橋梁やダムのように人のアクセスが困難な場所、建造物の屋根裏や下水道などの作業員が入りにくい狭い場所では、ドローンやロボットによる点検が普及していくでしょう。
また、学習したデータを基にした最適な点検スケジュールや点検手法を、自動的に提案できるようになれば、維持管理にかかる費用や時間をさらに削減できるようになります。
AI技術の発展と建設現場のパラダイムシフト
インフラ点検に活用するAI技術が発展していくことで、インフラの寿命を延ばすための最適なメンテナンス方法やタイミングを予測できるようになります。これにより、大規模で複雑なメンテナンスを必要とする機会が減るでしょう。
AIとVR/AR技術の組み合わせにより、インフラ点検のトレーニングや教育も革新されます。仮想的な点検シミュレーションを通じて、現場のリアルな状況を体験しながらスキルを習得できるようになるでしょう。
まとめ: インフラ点検とAIの組み合わせは発展途上
老朽化したインフラの増加、新たな担い手の不足、熟練技術者の減少といった問題もあり、インフラ点検の現場ではAI技術を活用する動きが大きくなってきています。
とくに、AIによる画像認識技術は発展してきており、路面やコンクリートのひび割れなどは高確率で検知することが可能です。また、ドローンやロボットなどをAIと組み合わせることで、インフラ点検の自動化への可能性も広がりつつあります。
しかし、学習データの利用も含めてAI技術はまだ発展途上にあり、インフラ点検にはAIと技術者が連携することがポイントとなるでしょう。
▶監修・解説:北川哲也氏
補助金や許認可の手続きを専門とする行政書士事務所Link-Up代表 北川哲也氏。
2011年に29歳で開業し7年間個人事務所として中小企業向け行政書士サービスを展開。2018年春に株式会社Link-Upを立ち上げ、士業サービスでカバーしきれないコンサルティングや顧問サービスをスタート。公益社団法人茅ヶ崎青年会議所の2021年度理事長や認定NPO法人NPOサポートちがさき参画など活動多数。