リビングラボとは?成功事例と自治体との協働も紹介
多様な意見や考え方、価値観がある現代社会では、イノベーション活動においても「市民やユーザー」が中心となり、企業や専門家、行政などと協働することが、より重要視されるようになりました。
様々な人材が集まり、オープンな場所で商品やサービスの開発、地域の課題発見、課題の解決に取り組む「リビングラボ」が、一部の地域を中心に成果を出し始めています。
この記事では、リビングラボの概要、メリットやデメリット、成果を出している事例などを紹介します。
▶監修・解説:北川哲也氏
補助金や許認可の手続きを専門とする行政書士事務所Link-Up代表 北川哲也氏。
2011年に29歳で開業し7年間個人事務所として中小企業向け行政書士サービスを展開。
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リビングラボとは
リビングラボとは、生活空間(Living)と、実験室(Lab)を組み合わせた造語で、社会課題の解決や、新しい価値を生み出すために、市民・企業・行政が「共創する」ことに軸を置いた方法論です。現在、リビングラボの活動は、欧米を中心に世界中で取り組まれています。
● 社会課題の解決:少子高齢化、過疎化、女性の社会進出など
● 新しい価値:技術や製品、サービス、政策など
リビングラボは、地域住民を中心として、専門家、企業、行政が集まり、課題の定義から解決までを一気通貫して行うことが特徴です。
リビングラボの定義
国立国会図書館「リビングラボの可能性と日本における構造的課題(木村篤信著)」では、リビングラボを以下のように定義付けしています。
製品・サービス企画や政策・活動企画の主体(企業・行政・NPO等の提供者)と生活者(利用者)が共に、生活者の実生活に近い場で、仮説の探索や解決策の検討・検証を実験的に行うための仕組み(環境及びプロセス)
引用:国立国会図書館「リビングラボの可能性と日本における構造的課題(木村篤信著)」
現在、リビングラボは全国各地において、様々な形で取り組まれています。
また、リビングラボには、地域課題を解決するための生活の場、地域の力を結集するファシリテーターの能力、アイデアを事業化するデザイン思考、地域のイノベーターのネットワークなどが必要不可欠です。
自治体としては、地元商工会議所などと連携して「市民と企業を繋ぐハブ役になれるか」もポイントになります。
リビングラボの歴史と背景
1980年代後半に、イノベーションには「生活者の視点が不可欠」という考えが、ヨーロッパを中心に広がりつつありました。その後、欧米を中心にリビングラボが構築されていき、日本でも近年、リビングラボの概念普及と活動拡大が始まっています。
現代社会において、人々が抱えている課題やニーズは多様化しており、大多数の人が満足できるサービスを生み出すことは容易ではありません。
そこで、新しい製品やサービスを作る上で主体となる「技術開発」や「アイデア発掘」を、一般ユーザーとともに進めていく動きが広まりつつあります。
また、労働人口の減少や財政難といった問題を抱えている日本の各地域では、リビングラボの考え方を取り入れ、市民が主体となって企業や行政とともに課題解決をしていく取り組みが、ますます重要になってきています。
従来的な開発とリビングラボの違い
これまでも、企業は一般ユーザーに対して「意見を聞いたり」とか「試作品を体験してもらったり」といった取り組みはしています。しかし、これは企業が主体となっているため、リビングラボの考え方とは異なります。
リビングラボでは、企画や開発段階からユーザーがより主体的に参加して、意見を出すだけでなく更なる改善に向けて「企業とともに活動する」ことが特徴です。
また、地域の自治体運営にもリビングラボが取り入れられており、その動きは全国に広まりつつあります。地方創生という観点からも、リビングラボには注目が集まっています。
商工会議所や大学の研究機関などが積極的に連携して、市民と企業を繋いでいくことも、リビングラボを成功させるために重要なポイントです。
リビングラボのメリット
リビングラボの活動は、主に「一般ユーザーや市民」と「企業」と「行政」の3者が共創して取り組みます。
ここでは、リビングラボのメリットについて、行政、企業、一般ユーザーや市民の順に、それぞれの立場から紹介します。
行政のメリット
地域住民からの意見により「行政側が把握できていない課題の発見」に繋がり、さらにその課題の深さも明確になるでしょう。リビングラボでは、従来の住民へのアンケートや、意見箱などよりも、さらに踏み込んだ課題発見に繋がります。
また、慢性的な財政難となっている自治体において、行政だけで課題を解決するには費用面や人材面で困難となることが多いです。リビングラボによって、市民や企業とも共創することができれば、コストの削減や人材不足の解消というメリットが得られます。
また、大阪商工会議所が設置したコモングラウンド・リビングラボのように、商工会議所と連携しながら多種多様な企業に参加してもらう方法も有用です。
参考:大阪商工会議所「2025年大阪・関西万博を見据えた「コモングラウンド・リビングラボ」設置」
企業のメリット
従来的な開発方法よりも「ユーザーとの関係性が深まる」ため、企業主体のリサーチでは把握できなかった「潜在的なニーズ」を発掘できるようになります。
企業主体のリサーチ方法では、モニターを募集したり、ユーザーと個別に繋がったりと、手間や時間がかかります。しかし、リビングラボを利用すれば一度にまとまったユーザーと繋がることができ、リサーチ段階での効率化が可能です。
企業としては、リビングラボをベースにすることで、行政や地域住民と連携しやすくなるというメリットもあります。
市民やユーザーのメリット
地域の問題・課題について、市民が行政に対して直接意見できることがリビングラボの大きなメリットです。社会参加を実感できることも、メリットと言えるでしょう。
リビングラボの活動を通じて、市民同士の交流が活発になる例もあります。市民による横の繋がりが広がっていくことで、新たな課題発見と課題解決への取り組みがより活発化していくことも望めます。
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リビングラボのデメリット
リビングラボにはメリットも多いですが、様々な人たちが参加することによるデメリットもいくつかあります。
結論がまとまらない可能性も
参加者が多いがゆえ、意見がまとまりにくいケースも出てきます。多様な意見が得られるのはリビングラボの良い点ですが、収拾がつかなくなることもあります。
リビングラボの活動を円滑に進めるため、ファシリテーターの役割がとても大切です。そのためには、参加者の意見を取りまとめ、より良い結論へ導ける人材を発掘・育成することも重要になるでしょう。
市民が参加するとは限らない
一般ユーザーや市民にとって、リビングラボはあまり馴染みのない活動です。必ずしも市民が参加してくれるとは限りませんし、参加した人たちが主体的に活動してくれるとも限りません。
意欲の高い人たちに参加してもらえるような仕組みづくり、宣伝活動が必要になります。
この場合も、旗振り役になってくれる人、積極的にアクションを起こしてくれる人がとても貴重な存在となります。
知的財産権や情報漏洩の問題
企業や行政では、当たり前のように情報管理が徹底されていますが、多くの市民が参加するリビングラボでは、思わぬところで情報漏洩のリスクが発生するかもしれません。
また、製品やサービス開発が目的のケースでは、情報漏洩だけでなく知的財産権についても周知徹底が必要です。
リビングラボの活動をスタートする前に、誰にでもわかる明確なルール作りをしておきましょう。
リビングラボ4つの分類
リビングラボの活動は、以下の4種類に大別されます。
● 利用者主導型(utilizer-driven)
● 実現者主導型(enabler-driven)
● プロバイダー主導型(provider-driven)
● ユーザー主導型(user-driven)
それぞれの型について、目的や特徴などを紹介します。
利用者主導型(utilizer-driven)
企業が、商品やサービスの開発研究をするために利用するリビングラボです。
一般ユーザーや市民を巻き込んで活動することにより、既存商品やサービスの検証、新たな商品・サービスの開発を目指します。
研究開発には直接関係ない活動であっても、リビングラボとして実施することで、社会貢献をしている企業としてブランディングにも繋がります。
実現者主導型(enabler-driven)
行政、公共機関、NGOなどが主導するリビングラボの形態で、地域の政策形成をしていく活動です。
地域の問題や課題について、市民が行政に要望を伝え、行政が市民の声を聞く、この2つの動きを通じて、より良い政策実現を目指していきます。
市民と行政の距離感が遠い自治体では、対話の場としてリビングラボが活用されることもあります。また、市民と行政による「共創の取り組み」として活用される場合もあります。
プロバイダー主導型(provider-driven)
大学や研究機関が、リビングラボの知見を蓄積することを目的とした活動形態です。市民生活を向上させることに主眼が置かれ、他の活動形態と並行して行われるケースもあります。
また、企業が製品化する前の試作品を持ち込み、市民に意見を求める場合もあります。
大学は、地域に根差した活動目的を持ち、地域とも関係性を築きやすいため、行政や地域住民とともに長期的なビジョンでリビングラボを運営することが可能です。
ユーザー主導型(user-driven)
市民が主導して、地域課題の解決を目指していくリビングラボの形態です。地域住民以外にも、NPO、NGO、不動産開発業者、大学、行政などが参加して、地域活性化、価値創出、福祉の充実といった活動をします。
地域にある問題や課題、その解決案などは、市民や地元企業からボトムアップで生まれるケースも多いため、行政主導ではなく市民主導のリビングラボ活動も重要な位置付けになります。
リビングラボと他の市民協働型共創との違い
市民共同型共創には、リビングラボ以外にも「フューチャーセンター」や「イノベーションセンター」といったものがあります。
リビングラボとの違いや特徴について、説明します。
フューチャーセンターとの違い
フューチャーセンターは、企業、行政、市民、教育機関などを結ぶ場所です。多くの関係者を幅広く集めて、対話を通じながら新しいアイデア、問題の解決案を見つけ出すことを目的としています。
リビングラボで社会実験をする前段階として、イノベーションに向けた目的やビジョン作りに適しています。
企業や業界の枠組みを超えたイノベーションが必要なときほど、多種多様なメンバーが集まるフューチャーセンターのような場所作りが大切です。
イノベーションセンターとの違い
イノベーションセンターは、企業の技術と社会をつなぐイノベーションの場所です。企業、大学、行政が協働して研究開発を行ったり、新たなイノベーションを加速させたりして新規事業の創出を目指します。
イノベーションセンターで生まれた試作を、社会実験の場として考察・検証するのがリビングラボの役割です。
リビングラボの事例
ここからは、実際に成果を挙げているリビングラボの事例を、いくつか取り上げて紹介します。
これらの事例から、リビングラボの目的、取り組み方なども、ぜひ参考にしてください。
鎌倉リビングラボ
鎌倉市では、以下の組織や企業と連携して、全国初となる「鎌倉リビングラボ」をスタートしました(平成29年1月より)。
● 今泉台町内会(NPO法人タウンサポート鎌倉今泉台)
● 東京大学高齢社会総合研究機構
● 三井住友フィナンシャルグループ など
鎌倉市今泉台地区は、一戸建住宅が多く存在しているものの、多くの家では応接間が利用されていない状況が続いていました。
地域住民の「若い人が住みたい町にしたい」という願いと、行政の「地域活性化と持続可能な街づくりを目指したい」という想いのもとで、「テレワークのまち」を目指すことになりました。
また、鎌倉リビングラボでは「住民課題」と「行政課題」と「企業課題」のそれぞれが出発点となる取り組みが進められています。
● 住民課題にもとづく「長寿社会にふさわしいワークスタイルと住宅・地域環境の開発」
● 自治体課題にもとづく「リビングラボの手法を用いた政策立案」
● 企業課題にもとづく「新たな長寿社会向け商品サービス開発(複数)」
鎌倉市の住民が主役となって、産官学民のステークホルダーがともに地域の課題発見と課題解決に向けて取り組んでおり、この取り組みを市内全域に広めることを展望としています。
地方と都市の共創型リビングラボ
秋田県湯沢市と神奈川県横浜市が、双方の地域課題について、双方の市民や企業によって解決し合う仕組みを作った「地方と都市の共創型リビングラボ」です。
湯沢市では人口減少が加速したため、地域活性化や生活地盤の強化といった課題がありましたが、マンパワーや資金力、ノウハウなどが不足しており、課題解決に向けて動き出せない状況でした。
そこで、地方と関わりを持ちたい横浜市の横浜リビングラボにて、横浜市民や企業などが「湯沢市の地域課題解決」をテーマにしたワークショップを実施し、様々なプロジェクトを提案しました。
都市住民の地方への関心が高まり、地域課題の解決に向けてビジネス手法を取り入れた結果、湯沢市には関係人口が増えただけでなく、両市の継続的な関係性も構築できています。
Future Care Lab in Japan
「Future Care Lab in Japan」は、東京都品川区にあるSOMPOホールディングスとSOMPOケアによる最新テクノロジーの実証実験をする研究所です。
介護施設を再現した建物内で新しい介護のあり方を追求しており、実証実験を通じて介護ロボット実装をしたときの課題なども洗い出しています。
在宅介護、施設介護サービスを運営している企業のため、現場からのニーズをダイレクトに収集して研究にも活かすだけでなく、開発会社と現場のニーズをマッチさせられるのも特徴のひとつです。
また、研究所内で試験的に利用された製品は、効果検証を経て、実際の介護施設内でも使用され、さらに評価・検証がされています。
松本ヘルス・ラボ
長野県松本市は、松本市民の健康と地域のヘルスケア産業振興を目的として「松本ヘルス・ラボ」を設立しました。
会員になると、健康相談や骨密度などの計測を無料で受けられ、有料会員になると定期的な健康チェックや健康プログラムを受けられる仕組みになっています。
会員は、ワークショップでアイデアを提供したり、試作品をモニター使用したりなど、社会貢献活動にも参加できます。
このように、社会課題を考える企業と市民を結びつけながら、健康づくりと産業創出の実現を目指しているリビングラボです。また、企業のテストマーケティング支援や、市民の健康ニーズの把握も可能となっています。
WISE Living Lab
「WISE Living Lab」は、横浜市、東急電鉄、NTTドコモ、NTTが共同して整備した、データ循環型のリビングラボです。地域住民が主体となり、データを活用して課題解決への取り組みを支援することを目的としています。
横浜市民が設定した「コミュニティ活性化」という地域課題に対して、2つのICTサービス(「まち歩きサービス」と「地域チャットボット」)を提供しました。このICTサービスの活用を通じてデータを収集し、それを市民へ共有してワークショップなどで活用しています。
このような活動を通じて、ICTサービス導入に向けた検証・検討を実施し、さらにデータを可視化することで新たな課題発見に繋げています。
まとめ|リビングラボの今後の展望
リビングラボの取り組みは、多様性社会におけるイノベーションや共創といった点からも、今後ますます重要になっていきます。
リビングラボには市民やユーザーの参加は欠かせないため、いかにして市民を主体的に参加させられるかが今後の課題です。
また、リビングラボを自立的に持続して運営するために、地域や企業、行政組織において「主体的に行動を起こせる人材」の発掘が急務になります。
参加者の様々な意見を取りまとめつつ、ゴールに向けて活動を導いていくファシリテーター役を担える人材が増えていけば、リビングラボの活動は今後もっと広がりをみせていくでしょう。
▶監修・解説:北川哲也氏
補助金や許認可の手続きを専門とする行政書士事務所Link-Up代表 北川哲也氏。
2011年に29歳で開業し7年間個人事務所として中小企業向け行政書士サービスを展開。2018年春に株式会社Link-Upを立ち上げ、士業サービスでカバーしきれないコンサルティングや顧問サービスをスタート。公益社団法人茅ヶ崎青年会議所の2021年度理事長や認定NPO法人NPOサポートちがさき参画など活動多数。