異次元の少子化対策とは?自治体担当者が知っておくべきポイントと少子化対策の事例紹介
現在、わが国では「少子化問題は待ったなし」の状況であり、本格的な少子化対策を早急に実施していく必要があります。
2023年には政府が「異次元の少子化対策」を表明し、さらに「こども未来戦略会議」を設置して、今後3年間を集中取り組み期間と位置づけました。
そこで本記事では、2030年問題や子ども子育て政策の課題、加速化プランについて、自治体の少子化対策事例といったことを中心に紹介します。
▶監修・解説:北川哲也氏
補助金や許認可の手続きを専門とする行政書士事務所Link-Up代表 北川哲也氏。
2011年に29歳で開業し7年間個人事務所として中小企業向け行政書士サービスを展開。
●監修者の詳細な経歴はこちら
少子化の現状と2030年問題
2022年の出生数は、過去最低の約77万人にとどまり、出生数のピークだった1949年の約270万人の3分の1にも満たない状況です。また、出生数は7年連続で減少しており、少子化の流れに歯止めがかからない状態が続いています。
1990年以降について「10年ごとの出生数」を比較すると、わが国の出生数は急激に減少しているのが分かります。
出生年:1990〜2000 前10年間から減少した割合:−2.5%
出生年:2001〜2010 前10年間から減少した割合:−10.0%
出生年:2011〜2020 前10年間から減少した割合: −21.5%
そして、2012年生まれが成人を迎える2030年以降は、さらに少子化が進むと予想されています。そこで政府は、2030年を「少子化対策の分水嶺」と捉え、様々な対策を講じていくと表明しています。
参考:こども家庭庁「こども・子育て政策の強化について(試案)」
少子化傾向を反転できるラストチャンス
出生数がこのまま減り続けていくと、国を支える若年層人口も減少するため、日本にとって非常に大きな問題となります。
政府は、若年人口が加速度的に減少していく2030年代を迎えるまでの6〜7年が、少子化傾向を反転できるラストチャンスだとしています。そして、持てる力を総動員したスピード感ある「異次元の少子化対策」を実施していく方針です。
しかし、具体的な少子化政策が示される一方、財源確保についての議論が先送りされるなど、解決すべき課題も残されています。
こども・子育て政策における3つの課題とは
国はこれまでにも様々な少子化対策に取り組んでおり、たとえば「待機児童を大幅に減少させた」という一定の成果も出しています。
ところが、少子化の流れには歯止めがかかっていません。その原因として、以下の3点が挙げられています。
● 結婚・子育てについて将来の展望が描けない
● 子育てしづらい社会環境・職場環境
● 経済的・精神的負担感や不公平感が存在する
結婚・子育てについて将来の展望が描けない
国立社会保障・人口問題研究所が2021年に実施した調査では、18〜34歳の未婚者のうち、男女の8割以上が「いずれ結婚するつもり」と考えています。
一方、近年は「一生結婚するつもりはない」と考えている人が増えてきており、若い世代の「晩婚化・未婚化」の増加が、少子化の大きな原因とも言われています。
晩婚化や未婚化が増えている背景として、以下のように将来への不安を持つ若者も増えていることが挙げられます。
● 子育てをできるほど稼げる自信がない
● 突然の失業や解雇への不安がある
● 結婚や子育てにメリットを見出せない
経済的な不安などにより、結婚や子育てに「希望を感じられなくなってきた」というのが、若者の率直な思いでしょう。
子育てしづらい社会環境・職場環境
電車やバスでのベビーカー問題、職場のマタハラ問題など、子連れや妊娠中の人に対する風当たりの強さは、若い世代が子育てを敬遠したくなる理由のひとつです。
また、男性の育児参加への理解がない企業もまだ多く、女性の「ワンオペ育児」になるケースが多いのも、出産・子育てを避けたくなる要因になるでしょう。
男性側としても、収入を減らしたくない、職場の理解が得られにくいといった理由から、育児休暇を取りにくいという実情もあります。
経済的・精神的負担感や不公平感が存在する
現在の日本では「子育てや教育にはお金がかかる」のが現実であり、経済的負担を理由に第2子・第3子を望まない家庭も増えています。また、晩婚化によって第2子以降を望めないケースもあります。
また、経済的な負担、肉体的な不安により、結婚しても子どもを持たない、あるいは子どもを多く持たない夫婦も存在します。
さらに、子育て支援の内容が「親の所得で線引きされる」ことに対して、不公平感を持っている人たちもおり、子育てに対してネガティブなイメージを抱く若者も多いです。
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少子化対策における国の基本スタンス
国の少子化対策へのスタンスは、以下の2点です。
● 個人の幸福追求を支援する
● 未来への投資として政策を強化する
結婚、出産、子育てに対する価値観や考え方は人それぞれで、賛否を含めて様々な意見があります。本人が希望すれば、誰もが子どもを産み、育てることができるよう支援することが、結果として少子化トレンドを反転させられるというのが基本的な考えです。
また、出生数が増え、若年人口が増加することで、経済の活性化、社会保障の安定、労働力の供給など、社会全体へ好影響が及びます。こども・子育て政策を「未来への投資」と考えて強化するだけでなく、社会全体で支えていくという意識を醸成していくことも必要になります。
子ども・子育て支援「加速化プラン」
政府が取りまとめた「こども未来戦略方針」が閣議決定され、今後3年間に集中的な取り組みをする「加速化プラン」が実施されます。予算規模としては、OECD(経済協力開発機構)トップのスウェーデン並みの水準となる3兆円半ばとなる予定です。
加速化プランの3つの基本理念と具体的施策について、ここから紹介します。
子育てに係る経済的支援の強化・若い世代の所得向上
子育てに関わる経済的支援や、若い世代の所得向上について、以下の施策が実施されます。
児童手当の拡充
・所得制限を撤廃し、全員を本則給付とする
・支給期間について高校生年代まで延長
・第3子以降3万円とする など
出産等の経済的負担の軽減
・妊娠・出産期から2歳までの支援を強化
・出産育児一時金の大幅な引上げ(42万円→50万円)
・出産費用(正常分娩)の保険適用の導入 など
医療費等の負担軽減
・こども医療費助成について、国民健康保険の国庫負担の減額調整措置を廃止 など
高等教育費の負担軽減
・貸与型奨学金について、減額返還制度を利用可能な年収上限について、325万円から400万円に引き上げ
・多子世帯の学生等に対する授業料等減免について更なる支援拡充
・授業料後払い制度の導入 など
個人の主体的なリ・スキリングへの直接支援
・在職者への学び直し支援策について、個人経由での給付を可能とする
・訓練期間中の生活を支えるための新たな給付や融資制度の創設
いわゆる「年収の壁(106万円/130万円)」への対応
・短時間労働者への被用者保険の適用拡大、最低賃金の引上げ
・労働時間の延長や賃上げに取り組む企業に対し、必要な費用を補助 など
子育て世帯に対する住宅支援の強化
・子育てにやさしい住まいの拡充を目指し、住宅支援を強化
・公営住宅等の公的賃貸住宅を対象に、子育て世帯等が優先的に入居できる仕組みの導入
・子育て世帯等の居住に供する住宅約10万戸を確保 など
参考:内閣官房「こども未来戦略方針」
全てのこども・子育て世帯を対象とする支援の拡充
北海道芦別市|利用状況を踏まえた公園の再整備
こども・子育て世帯の支援拡充として、以下の施策が実施されます。
妊娠期からの切れ目ない支援の拡充
・多様なニーズに応じた支援につなぐ「伴走型相談支援」の制度化
・産後ケア事業について、利用者負担の軽減措置
・成育医療等の提供に関する研究、相談支援等
幼児教育・保育の質の向上
・職員配置基準の改善(緩和)
・保育士等の更なる処遇改善
全ての子育て家庭を対象とした保育の拡充
・就労要件を問わず時間単位等で柔軟に利用できる新たな通園給付(「こども誰でも通園制度(仮称)」)を創設
新・放課後子ども総合プランの着実な実施
・新・放課後子ども総合プラン(2019年度〜2023年度)による受け皿の拡大(約122万人から約152万人への拡大)
・放課後児童クラブの常勤職員配置の改善
多様な支援ニーズへの対応
・子育てに困難を抱える世帯やヤングケアラー等への支援を強化
・障害児の支援体制の強化や保育所等におけるインクルージョンを推進
・ひとり親家庭の自立を促進するための環境整備
参考:内閣官房「こども未来戦略方針」
共働き・共育ての推進
共働きや男性の育児参加を推進するために、以下の施策が実施されます。
男性育休の取得促進
・男性の育児休業取得率の大幅な引き上げ
・育児・介護休業法における育児休業取得率の開示制度の拡充
・給付率を現行の67%(手取りで8割相当)から、8割程度(手取りで10割相当)へと引き上げ
・中小企業に対する助成措置を大幅に強化
・育児休業の取得状況等に応じた加算等の実施
育児期を通じた柔軟な働き方の推進
・好事例の紹介等の取り組みを実施
・働き方を労働者が選択できる制度(「親と子のための選べる働き方制度(仮称)」)の創設
・時短勤務の活用を促すための給付(「育児時短就業給付(仮称)」)を創設
多様な働き方と子育ての両立支援
・雇用保険の適用拡大
・自営業・フリーランス等の育児期間中の経済的な給付に相当する支援措置
参考:内閣官房「こども未来戦略方針」
加速化プランの財源確保について
加速化プランを安定して実施していくには、財源の確保が必須です。そこで政府では、次のような財政改革に取り組むとしています。
【見える化】
こども金庫を創設し、育児休業給付など既存の事業を統合しつつ、こども・子育て政策の全体像と費用負担の見える化を進める
【財源の基本骨格】
● 実質的に追加負担を生じさせないことを目指す
● 消費税など、こども・子育て関連予算充実のための財源確保を目的とした増税は行わない
● 経済活性化、経済成長への取り組みを先行させる
● 徹底した歳出改革等や構造的賃上げ・投資促進の取り組みを複数年にわたって先行させる
● こども特例公債(こども金庫が発行する特会債)を発行する
● 授業料後払い制度の導入に関して、HECS 債(仮称)による資金調達手法を導入する
自治体による少子化対策の取り組み事例
自治体による結婚、妊娠・出産、子育てなどへの取り組みについて、代表的な事例、成功した事例を中心にいくつか紹介します。
こちらで取り上げる事例の詳細については、こども家庭庁「令和5年度 地域少子化対策重点推進交付金 採択事例集」をご参照ください。
長崎県|民間団体と連携した結婚支援事業
長崎県は市や町と連携して、企業・団体・地域住民を巻き込んだ「結婚支援」の取り組みを推進しました。
具体的に実施された取り組みは、以下の内容です。
● お見合いシステム窓口の全市町への設置
● 婚活サポーターの掘り起こしや育成
● 結婚支援イベントやセミナーの開催
● 店舗等の協力による結婚支援の取り組み周知
● コーディネーター発案による隣接市町合同イベント開催
● 業種別組合、経済団体の会合等でのセミナーの開催
こういった取り組みの実施により、成婚者数を増加させることができています。
長野県駒ヶ根市|移住と婚活の掛け合わせ
駒ヶ根市では、移住と婚活を合わせて行う移住婚希望者の受け入れ、相談、セミナーなどを実施しました。その後、結婚相談所や出会い支援ボランティア、セミナーによるフォローアップも実施しています。
また、未婚の子を持つ親や親世代向けの講演会を開催して、広く気づきの場を提供することができました。
こういった取り組みにより、都市部の婚活希望者と地元登録者とのマッチングを実現し、成婚へと繋げています。
群馬県|若い世代向けのライフデザイン支援
群馬県では、結婚、妊娠・出産、子育て、仕事との両立などのライフステージ毎に、専門家らの考え方やデータ、行政の結婚・子育て等に対する支援施策について、分かりやすく紹介しています。
また、より効果的な内容・構成となるよう、企画段階から大学生などターゲットとなる世代が制作に参画しているのも特徴です。
現在、大学と高校が連携することにより、学校の枠を超え、地域が一体となって若者の人生設計を支援するという体制づくりを推進しています。
京都府|育児と仕事の両立体験
京都府では「府内で働きながら子どもを産み育てる」ことを体験的に学び、自らのライフデザインを考えるワーク&ライフ・インターンの取り組みを実施しました。
● 長期プログラム(7日間):子育て家庭を実際に訪問して学ぶ
● 短期プログラム(半日、1日):オンラインで働くことと子育てすることの両方を体験的に学ぶ
プログラム参加者は1,000人を超え、約9割の人が「仕事を続けながら子育てをしたい」と回答しています。
また、若い世代がゲーム感覚で「ライフデザイン」をシミュレーションできるオリジナル教材も作成しました。
岐阜県岐阜市|男性の育児参画支援
岐阜市では、男性の育児への参加を促進するために、以下のような取り組みを実施しました。
【パパ大学】
父親やこれから父親になる「男性向け」の育児に関する講座を開催するとともに、女性向けの講座も合わせて実施
【公開講座】
参加形式でのパパ大学の出張講座を実施。3人の子育てをしている芸能人をアンバサダーに起用し、トークイベントやパネルディスカッションを行い、男性の家事・育児参画の意識を高めるきっかけづくりを提供
さらに、専用HPやSNS等で、パパ、プレパパのために、様々な子育て支援情報を発信しています。
熊本県|LINEを活用した子育てサポート
熊本県では「聞きなっせAIくまもと」というLINEを活用した子育てサポートを実施しています。
これは、妊娠・出産、病気、各種手当、保育園等、子育て全般の悩みに対して、AIがLINEで24時間365日即回答してくれるサービスです。
また、県内全ての市町村情報が取得できるため、母子手帳交付時、婚姻届の提出時にLINE登録の働きかけをしています。
令和5年度には、多言語対応機能(英語、中国語、韓国語、フランス語など)を追加する予定です。
大阪府豊中市|子連れ外出支援
豊中市では、子連れが外出しやすい地域づくり、子育てに温かい機運を醸成する取り組みを実施中です。
具体的には、授乳・おむつ替えスペースなど「子育て家庭に配慮した」サービスを提供する店舗等を「とよなか子育て応援団」として登録し、ステッカーやグッズを配布しています。
とよなか子育て応援団は、主に以下のことに取り組んでいます。
● 授乳スペース、キッズスペース(遊び場)、多目的トイレなどの設置
● こども向けメニュー、こども用の食器などの提供
● こども用カート、絵本・おもちゃの貸出し、託児サービスの提供
● 無料、低額の親子サークルを開催 など
こういった取り組みと併せて、登録制度や団体の取り組みなどについて情報発信をしながら、認知度の向上を図っています。
静岡県富士市|子連れコワーク
富士市では、多様な働き方を応援するために「子連れコワーキングスペース」の運営管理を始めました。
1階には「放課後児童クラブ」と「地域子育て支援センター」を置き、2階で子どもと一緒に過ごせるワーク&交流スペースを運営しています。
子連れコワーキングスペースには、運営受託会社のスタッフが2名常駐しており、平日週5日間開所中です。各種運営マニュアル整備、利用状況の集計・統計化、施設リーフレットなどの各種広報物作成なども行っています。
宮城県|結婚・子育てパスポート事業
宮城県では、県と企業・店舗が連携して、新婚世帯および子育て世帯が対象の「応援パスポート事業」を実施中です。
応援パスポートには、以下の2種類があります。
● 結婚応援パスポート:料金割引、ポイントサービス、ドリンクサービスを実施
● 子育て支援パスポート:料金割引や授乳室などの各種サービスを実施
ブライダル業界を中心に登録店舗の拡大に努めており、情報誌やSNSなどでも幅広くアピール中です。協賛店舗には、ステッカー、ミニのぼり、利用者・店舗向けリーフレットが配布されます。
滋賀県|結婚新生活支援事業
滋賀県は「あいはぐプロジェクト応援団ネットワーク協議会」を設置し、自治体、企業、関係団体と連携して、結婚や子育てを応援しています。
結婚支援の取り組みとして、オンライン型「しが・めぐりあいサポートセンター『しが結』」を運営し、AIを活用したマッチングシステムを構築しました。
また、子育てに温かい社会づくりの取り組みとして、アプリやSNSを活用して「子育て家庭」を見守るという体制を整備しています。
まとめ|異次元の少子化対策「今後の動向」にも要注視
異次元の少子化対策の中身には、現在検討中、今後検討といった施策もあり、すべての施策が実現できるかは不透明です。
また、加速化プランについても多額の財源が必要となりますが、どのように財源確保をしていくかは未だ明確でない部分もあります。
各自治体としては、今後も政府の動向にも注視しながら2030年問題も念頭に置き、スピード感を持って少子化対策に取り組むことが求められるでしょう。
▶監修・解説:北川哲也氏
補助金や許認可の手続きを専門とする行政書士事務所Link-Up代表 北川哲也氏。
2011年に29歳で開業し7年間個人事務所として中小企業向け行政書士サービスを展開。2018年春に株式会社Link-Upを立ち上げ、士業サービスでカバーしきれないコンサルティングや顧問サービスをスタート。公益社団法人茅ヶ崎青年会議所の2021年度理事長や認定NPO法人NPOサポートちがさき参画など活動多数。