保育園不足は本当か?隠れ待機児童問題とその解決策

かつて社会問題にもなった待機児童ですが、政府や自治体の積極的な取り組みもあり、近年その数は減少しています。

 

しかし、統計上には含まれない「隠れ待機児童」の存在も浮き上がってきており、真に保育ニーズに応えられる施策が必要とされているのも実情です。

 

そこで本記事では、待機児童の実情、隠れ待機児童問題、待機児童を解消する対策などを解説します。


▶監修・解説:北川哲也氏
補助金や許認可の手続きを専門とする行政書士事務所Link-Up代表 北川哲也氏。
2011年に29歳で開業し7年間個人事務所として中小企業向け行政書士サービスを展開。
●監修者の詳細な経歴はこちら



待機児童とは

待機児童は、保育施設に入所を希望しているにもかかわらず、定員超過などの理由で入所できない児童を指します。

 

ただし、以下の「除外4類型」に該当する場合は、待機児童としてカウントされません。

 

●   特定の保育所のみを希望している

●   求職活動を休止している

●   育児休業中である

●   地方単独保育施策を利用している

 

一部では、自治体によって待機児童の数え方が異なるとの指摘もあり、国から発表されている数字以上に潜在的な待機児童(隠れ待機児童)がいるとも言われています。

 

このように、待機児童問題は単純な数値だけでは把握できない複雑な課題を含んでおり、地域特性や年齢層に応じたきめ細かな対策が求められています。  
 


待機児童問題の現状



2024年4月時点における全国の待機児童数は2,567人で、7年連続で減少しています。これは、2017年のピーク時(26,081人)と比較すると、約10分の1まで減少している計算です。

 

そして、全国の市区町村(1,741)のうち、約87.5%にあたる1,524の自治体で待機児童ゼロを達成しました。しかし、都市部では依然として深刻な状況が続いており、全体の約6割の待機児童が都市部に集中しています。

 

特に待機児童数が多い自治体として、滋賀県大津市(184人)、兵庫県西宮市(121人)、三重県四日市市(72人)などが挙げられます。これらの自治体では、宅地開発による人口増加や保育士不足が主な要因となっています。

 

また、待機児童の約85%が1・2歳児に集中している点も特徴的です。これは、0歳児は育児休業の活用で保育需要が比較的低く、3歳以上は幼稚園などの選択肢があるためと考えられます。

参考:こども家庭庁「令和6年4月の待機児童の状況について」
 


待機児童が解消できない自治体の要因

待機児童の解消に向けて多くの自治体が取り組んでいますが、いまだに解決できない背景には複数の要因が存在します。

 

待機児童を解消できていない自治体では、以下の要因が多数を占めています。

 

●   申込者数の想定以上の増加

●   計画していた利用定員数の不足

●   保育人材の確保が困難

●   保育需要の地域偏在

 

最も大きな課題は、申込者数の想定以上の増加です。特に、新興住宅地の開発や子育て世帯の流入が多い地域では、保育ニーズの予測が困難な状況となっています。

 

次に深刻なのが保育人材の確保です。現状、施設はあっても人材不足により「定員まで受け入れられない」ケースが発生しています。保育士の処遇改善や働き方改革を進めていますが、即効性のある解決策とはなっていません。

 

また、保育需要の地域偏在も大きな課題です。例えば、駅前の保育施設に需要が集中する一方、郊外の施設は定員割れを起こすなど、地域によって需給バランスに大きな差が生じています。  
 


待機児童問題の地域差

待機児童問題は全国一律の課題ではなく、地域によって大きく異なる様相を見せています。2024年4月時点のデータによると、都市部の定員充足率は91.6%である一方、過疎地域では76.2%と、約15ポイントの差が生じています。

 

特に都市部では、共働き世帯の増加や人口集中により保育需要が高まっており、施設の整備が追いついていません。

 

一方、過疎地域では異なる課題に直面しています。定員充足率の低下が進み、この4年間で4.8%も減少しました。その結果、施設の統廃合が進み、地域によっては保育施設へのアクセスそのものが困難になるケースも出てきています。

 

このような地域差に対応するため、自治体には地域特性に応じた柔軟な対策が求められています。都市部では保育施設の新設や既存施設の活用を進める一方、過疎地域では地域インフラとしての保育機能の維持が重要です。

 

政府も「過疎地域における保育機能確保・強化のためのモデル事業」を計画するなど、地域ごとの課題に応じた支援策を展開し始めています。今後は、単なる待機児童の解消だけでなく、地域の実情に即した持続可能な保育環境の整備が必要となっています。

参考:こども家庭庁「令和6年4月の待機児童数調査のポイント」
 



新子育て安心プランとは

新子育て安心プランは、2020年12月21日に厚生労働省が発表した待機児童解消に向けた取り組みです。

 

この計画では、以下の3つの重点施策が展開されています。

 

●   地域の特性に応じた支援

●   保育人材の確保と処遇改善

●   地域の子育て資源の活用

 

この計画の特徴は、女性(25~44歳)の就業率を82%まで引き上げることを見据えた、きめ細かな支援策にあります。

 

そして、2021年度から2024年度末までの4年間で、約14万人分の保育の受け皿を整備することを目標としています。
 


地域の特性に応じた支援

待機児童問題は地域によって異なる様相を見せており、きめ細かな対応が求められています。

 

都市部では保育需要が高く、特に1・2歳児の待機児童が深刻な問題となっており、以下のような支援策が展開されています。

 

●   保育所整備費の補助率引き上げによる施設拡充

●   保育コンシェルジュの配置による効率的なマッチング

●   送迎保育ステーションの設置による利便性向上

 

一方、過疎地域では定員充足率の低下が進み、この4年間で4.8%も減少しました。これは都市部の2.9%と比べても大きな減少幅です。このような地域では、以下の取り組みが行われています。

 

●   小規模保育事業の活用

●   施設の統廃合による効率的な運営

●   地域の実情に応じた保育機能の維持

 

政府は「過疎地域における保育機能確保・強化のためのモデル事業」を計画し、地域インフラとしての保育機能維持を目指しています。

 

また、ICTの活用や保育士の処遇改善など、地域特性に応じた多様な支援策を展開しています。  
 


魅力向上を通じた保育士の確保

保育士不足の解消に向けては、職場環境の改善と職業としての魅力向上が急務です。

 

給与面では、経験年数や役職に応じた処遇改善が進められ、特に中堅保育士の給与水準の引き上げが図られています。また、ICTシステムの導入により、保育記録や保護者との連絡業務を効率化し、業務負担の軽減を実現しています。

 

また、保育士のスキルアップを支援するため、研修制度の充実や専門性の向上を図る取り組みも実施中です。特に、保育補助者の活用促進により、保育士が専門性の高い業務に注力できる環境づくりが進められています。

 

働き方改革の面では、短時間勤務制度の拡充や、保育士・保育所支援センターによる就業継続支援など、多様な働き方を可能にする取り組みが行われています。また、働き方改革支援コンサルタントによる巡回指導で、職場環境の改善を図っています。

 

さらに、保育士のメンタルヘルスケアも重要です。専門家によるカウンセリング体制の整備や、休憩時間の確保、有給休暇の取得促進など、心身の健康管理を重視した取り組みが実施されています。また、チーム保育の導入により、個々の保育士の負担軽減も図られています。
 


地域のあらゆる子育て資源の活用

待機児童問題の解決には、既存の保育施設だけでなく、地域のあらゆる資源を活用することが重要です。新子育て安心プランでは、以下のような多様な取り組みが進められています。

 

幼稚園の空きスペースを活用した預かり保育は、既存の施設を有効活用する効果的な方法です。施設改修等の補助を新設し、待機児童が存在する地域では小規模保育の利用定員の上限を19人から最大25人まで弾力化することで、受け入れ枠の拡大を図っています。

 

また、企業内保育施設の設置も進んでいます。企業主導型保育事業では、従業員の働き方に合わせた柔軟な保育時間の設定や、地域の子どもの受け入れも可能なため、待機児童解消の有効な手段となっています。

 

地域の子育て支援の担い手として、NPOや地域住民との連携も重要です。地域子育て支援拠点事業では、公共施設や保育所、児童館などで親子が気軽に集える場を提供し、育児相談や情報交換ができる環境を整備しています。

 

また、ベビーシッターの活用も推進されています。利用料助成の非課税化や、企業主導型ベビーシッター利用補助の拡充(1日1枚から2枚に増加)により、柔軟な保育ニーズへの対応を強化しています。
 


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隠れ待機児童(潜在的待機児童)問題とは

隠れ待機児童とは、公式の待機児童統計には含まれないものの、実質的に保育サービスを必要としている児童を指します。この問題は、実態把握が困難なため、真の保育ニーズを見えにくくしている深刻な課題となっています。

 

厚生労働省の定義では、特定の保育所のみを希望し、他に利用可能な施設があっても入所を希望しない場合、待機児童としてカウントされません。

 

また、保護者が求職活動を休止している場合も、保育の必要性が認められないため、待機児童数から除外されます。さらに、育児休業中の保護者についても、復職の意向が確認できない場合は待機児童としてカウントされません。

 

このような除外規定により、政府の発表よりも実際の保育ニーズは遥かに上回ると考えられています。特に、希望する保育所に入れず、やむを得ず育児休業を延長したり、認可外保育施設を利用したりするケースが多く存在します。  
 


隠れ待機児童の実態

2024年4月時点の公式待機児童数は2,567人ですが、これには「除外4類型」に該当する71,032人が含まれていません。

 

また、地域による対応の差も大きな課題です。自治体によって待機児童の定義や運用にばらつきがあり、同じような状況でも地域によって待機児童としてカウントされるかどうかが異なることがあります。

 

このような状況は、特に都市部において深刻です。保育所への入所を希望しながらも、希望する施設に入れず、やむを得ず育児休業を延長したり、認可外保育施設を利用したりするケースが多く存在します。

 

自治体には、このような隠れ待機児童の実態を正確に把握し、適切な保育サービスの提供につなげることが求められています。そのためには、保護者への丁寧な意向確認や、地域の保育ニーズの正確な把握が不可欠です。

参考:こども家庭庁「令和6年4月の待機児童数調査のポイント」  
 



隠れ待機児童問題の解決策

待機児童の問題は一見解決されつつあるように見えますが、先ほど触れた潜在的な待機児童とも言える「隠れ待機児童」を解決しなければ、真の待機児童解決にはなりません。

 

そして、隠れ待機児童問題の解決には、従来の待機児童対策とは異なるアプローチが必要です。以下は、その具体的な解決策になります。

 

   保育施設の多様化と柔軟な選択肢の提供

   保育士確保と労働環境の改善

   地域コミュニティとの連携強化

   情報提供と相談窓口の充実

 

これらの施策を総合的に実施することで、隠れ待機児童の解消に向けた実効性のある取り組みが可能です。

 

自治体には、画一的な取り組みではなく、様々な面からのアプローチが求められます。
 


保育施設の多様化と柔軟な選択肢の提供

保育施設の多様化と柔軟な選択肢の提供は、待機児童問題の解決に向けた重要な施策となっています。従来の認可保育所だけでなく、様々な形態の保育サービスを組み合わせることで、多様な保育ニーズに対応可能です。

 

具体的には、小規模保育事業や家庭的保育事業、企業主導型保育事業などの活用が進められています。特に企業主導型保育事業は、2024年1月時点で4,439か所が開設され、約8万5千人の児童を受け入れており、働く親のニーズに柔軟に対応しています。

 

地域特性に応じた施設配置も重要です。例えば、駅前に送迎保育ステーションを設置し、そこから各保育施設へ送迎することで、立地による偏りを解消する取り組みも行われています。

 

さらに、保育コンシェルジュの配置により、保護者に対して利用可能な保育施設の詳細な情報提供を行い、特定の施設への申し込み集中を緩和する取り組みも進められています。これにより、保護者は自身のニーズに合った保育施設を選択しやすくなっています。
 


保育士確保と労働環境の改善

保育士の給与面では、処遇改善加算の拡充により、経験年数や役職に応じた給与水準の引き上げが進められています。特に、中堅保育士の給与改善に重点が置かれ、職場定着率の向上を図っています。また、宿舎借り上げ支援事業の拡充により、住居費の負担軽減も実施されています。

 

働き方改革の面では、ICTシステムの導入による業務効率化が重要です。保育記録のデジタル化や保護者との連絡業務のオンライン化により、事務作業の負担が軽減されます。さらに、短時間勤務制度の導入や休憩時間の確実な確保など、柔軟な働き方を可能にする取り組みも広がっています。

 

また、保育士のキャリア形成支援も重要な施策です。専門性の向上を図るための研修制度の充実や、保育補助者の活用促進により、保育士が専門的な業務に注力できる環境づくりが進められています。さらに、キャリアパスを明確化することで、将来の展望を持って働けるような仕組みも整備されています。

 

潜在保育士の活用も急務です。現在、保育士・保育所支援センターによる就職相談や復職支援研修の実施、職場体験の機会提供など、現場復帰を促す取り組みが強化されています。特に、ブランクのある保育士向けの段階的な勤務時間の増加や、メンター制度の導入など、きめ細かなサポート体制が整えられています。
 


地域コミュニティとの連携強化

地域の実情に応じた柔軟な保育サービスの提供には、地域住民やNPO、企業など、様々な主体との協力が不可欠です。

 

具体的な取り組みとして、地域子育て支援拠点事業の活用が挙げられます。公共施設や保育所、児童館などで親子が気軽に集える場を提供し、育児相談や情報交換ができる環境を整備しています。これにより、保育施設に入所できない家庭でも、地域の中で子育ての支援を受けることが可能です。

 

さらに、地域の高齢者や子育て経験者との連携も注目されています。例えば、保育施設での世代間交流や、子育て支援ボランティアの活用など、地域の人材を活かした取り組みが広がっています。これにより、保育の質の向上だけでなく、地域コミュニティの活性化にも繋がっています。

 

このように、地域全体で子育てを支える仕組みづくりを進めることで、待機児童問題への包括的な解決を目指します。特に、過疎地域では地域インフラとしての保育機能維持が課題となっており、地域の特性に応じた支援策の展開が重要です。
 


情報提供と相談窓口の充実

保護者が必要な情報にアクセスしやすい環境を整備することで、保育施設とのミスマッチを防ぎ、より効果的な保育サービスの提供が可能です。

 

デジタル技術の活用として、自治体サイトへのチャットボット導入が進んでいます。これにより、保護者は24時間いつでも基本的な情報を得ることができ、保育所の空き状況や申し込み手続きなどの問い合わせにリアルタイムで対応が可能となっています。

 

また、保育コンシェルジュの配置も重要な施策です。専門知識を持つ相談員が、保護者の個別の事情や希望を丁寧に聞き取り、最適な保育施設を提案することで、ミスマッチの防止に貢献できるでしょう。特に、通勤経路や勤務時間などの個別の事情を考慮した提案は、保護者から高い評価を得ています。

 

さらに、多言語対応の相談窓口の設置も進んでいます。外国籍の子どもや保護者が増加する中、言語の壁を超えて適切な保育サービスを提供するため、通訳サービスや多言語の情報提供が充実しつつあります。  
 



保育園が不足していると言われる理由

統計上では待機児童が減ってきているにも関わらず、いまだ「保育園が不足している」と言われる自治体もあります。この保育園不足の背景には、複数の要因が複雑に絡み合っています。

 

以下は、保育園不足と言われる主な理由や要因です。

 

●   都市部における人口集中と保育需要の増加

●   保育士不足とその要因

●   地域間格差と過疎地域の課題

●   新規施設開設へのハードル

 

これらの問題に対して、自治体には地域の実情に応じた柔軟な対応が求められています。保育士の処遇改善、ICTの活用による業務効率化、多様な保育サービスの提供など、総合的な取り組みが必要です。
 


都市部における人口集中と保育需要の増加

都市部における保育需要の増加は、複数の社会的要因が重なって生じている深刻な課題です。この背景には、雇用機会の充実や生活利便性の高さから、若い世代が都市部に集中する傾向があります。

 

特に、宅地開発が進む地域では、就学前人口及び保育所等への申込者数が急増しており、既存の保育施設では需要を満たせない状況が発生しています。

 

また、女性の就業率の上昇による共働き世帯の増加に伴い、特に0~2歳児の保育施設のニーズが高まっています。

 

さらに、核家族化の進行も保育需要を押し上げる要因の一つです。従来は祖父母による育児支援が期待できましたが、現在では地域のつながりの希薄化と相まって、保育施設への依存度が高まっています。
 


保育士不足とその要因

保育施設はあっても保育士が足りないため、定員まで受け入れられない状況が続いている自治体もあります。

 

この保育士不足の背景には、労働環境に関する複数の課題があります。給与面では、他業種と比較して低い水準にとどまっており、経験年数に応じた昇給も十分とは言えません。また、早朝から夕方までの長時間勤務や、休憩時間の確保が難しいなど、労働条件の厳しさも指摘されています。

 

さらに、保育士の精神的負担も深刻です。子どもの命を預かる重責や事故への不安、保護者対応のストレスなど、日々の業務における精神的プレッシャーが大きく、メンタルヘルスの問題も懸念されています。特に、コロナ禍以降は感染症対策の負担も加わり、業務の複雑化が進んでいます。

 

注目すべきは、保育士の資格を持ちながら現場を離れている「潜在保育士」の存在です。労働条件や職場環境への不安から復職を躊躇している人も多く、この潜在保育士が安心して現場に戻れるように環境を整備することが、保育士不足の解消につながるでしょう。
 


地域間格差と過疎地域の課題

人口が減少している過疎地域では、保育施設の統廃合が進み、地域によっては保育施設へのアクセス自体が困難になるケースも出てきています。これも、保育園が不足していると感じさせる一因です。

 

また、施設運営の面でも深刻な課題があります。定員充足率の低下は施設の収入減少につながり、保育士の確保や施設の維持管理が困難になっていることが多いです。これにより、保育園が不足している地域も出ています。

 

地域によっては保育ニーズに差があるため、自治体も一律の施策では対応できないケースもあり、こういった点でも保育園不足を感じさせる要因となっています。
 


新規施設開設へのハードル

新規の保育施設開設には、複数の大きなハードルが存在します。特に都市部では、適切な用地の確保が最も深刻な課題となっています。地価の高騰や土地の不足により、保育施設に適した広さの用地を見つけることが困難です。

 

また、建築基準法や消防法など、様々な法的要件を満たす必要があり、既存の建物を転用する場合でも大規模な改修が必要となることがあります。

 

資金面でも大きな課題があります。施設の建設費や改修費、設備投資など、多額の初期費用が必要です。補助金制度は整備されていますが、自己資金の確保や融資の調整など、運営事業者にとって大きな負担となっています。

 

さらに、周辺住民との調整も重要な課題です。子どもの声や送迎時の交通問題など、近隣住民からの懸念に丁寧に対応する必要があります。説明会の開催や個別の協議など、合意形成のプロセスに時間を要することも少なくありません。

 

行政手続きの面でも、複数の許認可が必要です。保育所設置認可や建築確認申請、消防法関連の手続きなど、多岐にわたる規制への対応が求められます。また、保育士の確保も開設前から計画的に進める必要があり、人材確保の見通しが立たないために開設を断念するケースもあります。
 



自治体による待機児童対策の取り組み事例

隠れ待機児童も含めて、待機児童への対策は急務です。そして、待機児童問題の解決に向けて、各自治体で特色ある取り組みが進められています。

 

以下の自治体では、待機児童対策で成果を出している施策を打ち出しています。

 

●   神奈川県横浜市

●   千葉県流山市

●   東京都品川区

 

これらの事例に共通するのは、地域の特性や課題を的確に把握し、それに応じた独自の解決策を展開している点です。

 

今後も、各自治体の創意工夫による取り組みが、待機児童問題の解決に向けて重要な役割を果たすことが期待されています。
 


神奈川県横浜市

横浜市は、2013年度に1,552人いた待機児童を2017年4月に解消し、その後も継続的にゼロを維持している先進的な自治体です。この成功の背景には、データに基づいた戦略的な取り組みがあります。

 

特徴的なのは、保育ニーズの高い地域を「緊急整備地域」として指定し、整備費補助額を増額する制度を導入したことです。これにより、必要な地域に効率的に保育施設を整備することが可能となりました。

 

また、保育コンシェルジュを各区に配置し、きめ細かな相談支援体制を構築しています。保護者の個別のニーズや状況を丁寧に把握し、最適な保育施設とのマッチングを実現しています。この取り組みは、特定の保育所への申し込み集中を防ぎ、既存の保育資源を効率的に活用することにつながっています。
参考:横浜市「経験×データで待機児童対策のその先へ」  
 


千葉県流山市

千葉県流山市は「送迎保育ステーション」という独自の取り組みで、待機児童問題の解決に成功した事例です。

 

同市では、つくばエクスプレス沿線の開発により子育て世代の流入が続き、保育需要が急増していました。特に、駅周辺の保育施設への入所希望が集中し、待機児童が発生する一方で、駅から離れた保育施設では定員に空きがある状況が生じていました。

 

この課題に対応するため、2012年から送迎保育ステーション事業を開始します。これは、駅前に設置されたステーションで朝に子どもを預かり、専用バスで市内各所の保育施設へ送迎するシステムです。保護者は通勤途中の駅で子どもを預けることができ、保育施設の場所を気にせずに選択できるようになりました。

 

この取り組みにより、保育施設の地理的な偏りによる待機児童問題が大幅に改善されており、既存の保育施設を効率的に活用できるようになっています。

参考:流山市「送迎保育ステーションのご案内」
参考:首相官邸「千葉県流山市における子育て支援施設等視察」 

 


東京都品川区

東京都品川区は、区立認可保育園、私立認可保育園、地域型保育事業施設など、多様な保育施設を整備しています。

 

特徴的なのは、ICTを活用した子育て支援の充実です。2023年10月には子育て支援アプリ「しながわこどもぽけっと」を導入し、保護者への情報提供や相談支援体制を強化しました。このアプリでは、月齢・年齢に応じた情報配信や電子母子手帳機能、多言語対応など、きめ細かなサービスを提供しています。

 

また、保育の質の向上にも注力しています。区内の保育施設を「統括園」「サポーター園」「一般園」に分類し、それぞれの役割を明確化することで、効率的な運営体制を構築しています。特に、統括園では地域の保育施設への支援や保育士の研修機能を担うなど、区全体の保育の質の向上を図っています。

参考:品川区「品川区内保育園等あり方基本方針」  
 




待機児童問題は少子化対策としても重要

待機児童問題は、単なる保育サービスの需給バランスの問題ではなく、日本の少子化対策における重要な課題です。特に、25〜44歳の女性就業率が高くなっている現在、保育施設の不足は子育て世帯の生活に大きな影響を与えています。

 

そして、待機児童の存在により、育児休業後の職場復帰が困難になるケースも多く報告されています。特に、母親が望まない形で退職や復職延期を余儀なくされることで、家庭の収入が減少し、経済的な不安が増大するでしょう。この経済的不安は、第2子、第3子の出産を躊躇する要因となり、結果として出生率の低下につながっています。

 

また、保育施設の不足は、若い世代の居住地選択にも影響を与えています。都市部では、保育園に入れない可能性を考慮して、郊外や地方への移住を選択する世帯も増加しています。一方、過疎地域では保育施設の統廃合が進み、地域の子育て機能が低下することで、さらなる人口流出を招くという悪循環が生じています。

 

隠れ待機児童を含めた実質的な保育ニーズに対応することは、子育て世帯の生活基盤を支える重要な施策です。保育の質と量の両面での充実は、安心して子どもを産み育てられる環境づくりの基礎となり、少子化対策としても大きな意義を持っています。
 


▶監修・解説:北川哲也氏

補助金や許認可の手続きを専門とする行政書士事務所Link-Up代表 北川哲也氏。

2011年に29歳で開業し7年間個人事務所として中小企業向け行政書士サービスを展開。2018年春に株式会社Link-Upを立ち上げ、士業サービスでカバーしきれないコンサルティングや顧問サービスをスタート。公益社団法人茅ヶ崎青年会議所の2021年度理事長や認定NPO法人NPOサポートちがさき参画など活動多数。



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