オーバーツーリズムとは?解決策や自治体の対策事例を紹介
近年、日本各地で外国人観光客が増加しており、観光地を中心に賑わいを見せています。
一方で、過剰に観光客が集中することや、観光客が取る行動が、地域住民の生活に悪影響を及ぼすケースも増えており、このような問題に対応しきれていないのも実情です。
そこで本記事では、オーバーツーリズムの概要や要因を解説し、オーバーツーリズムの解決策や取り組み事例などを紹介します。
▶監修・解説:北川哲也氏
補助金や許認可の手続きを専門とする行政書士事務所Link-Up代表 北川哲也氏。
2011年に29歳で開業し7年間個人事務所として中小企業向け行政書士サービスを展開。
●監修者の詳細な経歴はこちら
オーバーツーリズムとは何か?
オーバーツーリズムとは、特定の観光地に観光客が過度に集中することで、地域社会や環境に悪影響を及ぼす現象を指します。日本語では「観光公害」とも呼ばれ、近年世界中で問題視されるようになりました。この現象は、特定の場所や時期に集中して発生する傾向があります。
具体的な問題として、地域住民の日常生活への支障、環境破壊、文化遺産の損傷、地域の伝統文化の変質などが挙げられます。例えば、公共交通機関の混雑や騒音問題、ゴミの増加、観光客によるマナー違反などが地域住民の生活を脅かしています。また、自然環境や文化財への負荷が増大し、本来の魅力が失われつつある観光地も少なくありません。
日本においても、京都や鎌倉、白川郷などの人気観光地でオーバーツーリズムの影響が顕在化しています。特に、インバウンド需要の急増に伴い、これらの問題がより深刻化しつつあります。
一方で、観光産業は地域経済の重要な柱でもあるため、単純に観光客数を制限すれば良いわけではありません。持続可能な観光の実現に向けて、観光客の分散化や受け入れ体制の整備、地域住民との共生など、多角的なアプローチが求められています。
世界的な視点によるオーバーツーリズムの現状
世界的な視点によるオーバーツーリズムの現状は、より深刻化しています。近年の旅行需要の急増により、多くの人気観光地が観光客の殺到に直面しています。
ここでは、日本以外の以下の地域におけるオーバーツーリズムの現状についてお伝えします。
● 西ヨーロッパ
● 東南アジア
● 南北アメリカ
オーバーツーリズム対策として、各国政府や自治体はさまざまな取り組みを行っています。観光税の導入、予約制の実施、オフシーズン旅行の促進などが代表的な例です。
また、地域住民との協力のもと、観光による恩恵を広く分配するための政策も検討されています。
ヨーロッパのオーバーツーリズム
ヴェネツィアやバルセロナなどの人気都市では、観光客の急増により、インフラへの負荷が限界に達しつつあります。
ヴェネツィアでは、観光客の増加に伴い、地元住民の生活に大きな影響が出ています。狭い路地や橋が観光客で溢れ、日常生活に支障をきたすケースが増えています。また、クルーズ船の寄港による一時的な人口増加も、都市のインフラに大きな負担をかけています。これに対し、ヴェネツィア市は入場料の導入や大型クルーズ船の入港制限など、様々な対策を講じています。
バルセロナでは、観光客による騒音やゴミ問題が深刻化しています。特に夜間の騒音は地域住民の睡眠を妨げ、生活の質を低下させる要因となっています。また、短期賃貸物件の増加により、地元住民が住宅市場から押し出される現象も起きています。これに対し、バルセロナ市は宿泊税の引き上げや、Airbnbなどの短期賃貸サービスの規制強化を実施しています。
観光収益の不均衡な分配も大きな問題です。多くの観光収入が大手ホテルチェーンや旅行会社に流れ、地元の小規模事業者や住民にはあまり還元されていません。この状況を改善するため、一部の都市では地元企業優先の政策や、観光税の一部を地域振興に充てる取り組みを始めています。
アジアのオーバーツーリズム
バリやプーケットなどの人気リゾート地では、観光客の急増が地域社会や環境に大きな影響を及ぼしています。
バリ島では、観光客の増加に伴い、交通渋滞が日常的な問題となっています。狭い道路に観光客のレンタルバイクや送迎車が溢れ、地元住民の移動にも支障をきたしています。また、水不足も深刻化しており、観光施設での大量の水消費が地下水位の低下を招き、農業用水の確保にも影響を与えています。
プーケットでは、ビーチの過剰利用による環境破壊が問題となっています。観光客のマナー違反によるゴミの投棄や、サンゴ礁の損傷が報告されており、生態系への悪影響が懸念されています。また、観光開発による森林伐採も進んでおり、自然環境の保全と観光産業の発展のバランスが課題となっています。
文化的な摩擦も顕在化しています。バリでは、神聖な寺院に不適切な服装で入る観光客や、宗教的儀式の最中に写真撮影を行う行為が問題視されています。プーケットでも、地元の文化や習慣に対する理解不足から生じるトラブルが増加しています。
これらの問題に対処するため、各地で持続可能な観光を促進するための政策が検討されています。バリでは観光税が導入され、エコツーリズムの推進が進められています。プーケットでは、ビーチの収容人数制限や、環境教育プログラムの実施が検討されています。
南北アメリカのオーバーツーリズム
マチュピチュやイエローストーン国立公園などの世界的に有名な観光地では、訪問者数の急増により、自然環境や地元文化への悪影響が懸念されています。
マチュピチュでは、2024年に1日あたりの入場者数を4,500人に、見学は4時間までに制限する措置が取られています。これは、遺跡の保護と持続可能な観光を両立させるための取り組みです。入場には事前予約が必要となり、滞在時間も制限されるようになりました。また、ガイド付きツアーの義務化により、遺跡の価値や歴史的重要性について理解を深める機会を提供しています。
イエローストーン国立公園では、2021年に過去最高の約480万人が訪れ、自然環境への負荷が懸念されています。これを受けて、公園管理局は入園車両数の制限や、特定のエリアへのシャトルバス運行など、様々な対策を講じています。さらに、オフシーズンの魅力を発信することで、観光客の分散化を図っています。
エコツーリズムの推進も重要な取り組みの一つです。コスタリカでは、国立公園や保護区での持続可能な観光プログラムが積極的に展開されています。地元ガイドによる少人数ツアーや、環境教育プログラムの実施により、自然保護と観光の両立を目指しています。
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オーバーツーリズムに対する国際的な取り組み
オーバーツーリズムに対する国際的な取り組みは、近年急速に進展しています。国連世界観光機関(UNWTO)は、持続可能な観光モデルの導入を強く推奨し、各国に具体的な行動を促しています。この動きを受け、世界各地で様々な対策が講じられています。
多くの国々で導入されているのが、観光税の徴収です。例えば、イタリアのヴェネツィアでは、2024年から日帰り観光客に対して入域料を課しています。同様に、スペインのバレアレス諸島やオランダのアムステルダムでも、宿泊税や観光税が導入されており、これらの収入は地域のインフラ整備や環境保護に充てられています。
予約制の導入も効果的な対策として注目されています。日本の白川郷では、冬季のライトアップイベント時に完全予約制を導入し、観光客の数を適切に管理しています。また、ペルーのマチュピチュでは、入場者数の上限を設定し、事前予約システムを導入することで、遺跡の保護と観光体験の質の向上を図っています。
地域住民との協働も重要な取り組みの一つです。ニュージーランドでは「Tiaki Promise」という取り組みを通じて、観光客に環境保護や文化尊重を促しています。
オーバーツーリズムが起こる原因と背景
オーバーツーリズムが起こる原因と背景は、複雑に絡み合った要因によって形成されています。近年、世界的な経済成長と技術革新により、旅行がより身近なものとなったことも、観光客数が急増している要因の1つです。
オーバーツーリズムが起こる主な原因として、以下が挙げられます。
● 交通費の低下と移動手段の多様化
● SNSの発達と情報拡散
● インバウンド需要の急増
● 地域文化と観光需要のミスマッチ
● 政府と自治体による対応策の遅れ
これらの要因が複雑に絡み合い、特定の観光地に観光客が集中する現象を引き起こしています。持続可能な観光を実現するためには、これらの背景を十分に理解し、多角的なアプローチで対策を講じていく必要があるでしょう。
交通費の低下と移動手段の多様化
近年、格安航空会社(LCC)の台頭により、かつては高額だった海外旅行が多くの人々にとって手の届くものとなりました。
LCCは、機内サービスの簡素化や小型機の使用、短距離路線の運航など、効率性を追求したビジネスモデルを採用しています。これにより、従来の大手航空会社の半分から3分の1程度の運賃で航空サービスを提供することが可能となりました。
さらに、デジタル技術の進歩により、旅行の計画や予約がより簡単になっています。スマートフォンアプリを通じて、航空券の予約から宿泊施設の手配、現地でのタクシー配車まで、すべてをデジタルで完結できるようになりました。これにより、言語の壁を感じることなく、世界中の観光地へのアクセスが向上しています。
また、長距離バスや民泊サービスなど、新たな移動・宿泊手段の選択肢が増えたことも、旅行コストの削減に貢献しています。例えば、日本国内では夜行バスの利用が人気を集めており、東京と大阪間を新幹線で移動する場合の約14,000円に対し、夜行バスなら約4,000円で移動できるケースもあります(時期による変動あり)。
こうした交通費の低下と移動手段の多様化は、観光客の増加をもたらす一方で、特定の観光地に過度な負荷をかける要因ともなっています。
SNSの発達と情報拡散
Instagram、Facebook、X(旧Twitter)などのプラットフォームを通じて、観光地の魅力的な写真や動画が瞬時に世界中に拡散されることで、これまで知られていなかった場所が突如として人気スポットになるケースが増えています。
特に「インスタ映え」を意識した投稿が観光客の行動に大きな影響を与えています。美しい景色や独特な体験、珍しい食事などの投稿が多くの「いいね」を集めることで、その場所への訪問意欲が高まります。
しかし、このようなSNSによる急激な注目は、地域に予期せぬ問題をもたらすことがあります。観光インフラが整っていない場所に多くの人が訪れることで、交通渋滞や環境破壊、地域住民との軋轢などが生じる可能性があるからです。
また、SNSで拡散される情報には必ずしも正確性が担保されておらず、誤った情報や過度に美化された情報が広まることもあります。
インバウンド需要の急増
インバウンド需要の急増は、日本の観光業界に大きな変革をもたらしています。2024年の訪日外国人旅行者数は、コロナ禍前の2019年を上回る勢いで増加しており、観光地における混雑やインフラへの負荷が急速に高まっています。
この急増の背景には、いくつかの要因があります。まず、ビザ要件の緩和が挙げられます。日本政府は2012年以降、短期滞在ビザの発給要件を段階的に緩和してきました。特に2015年以降の中国に対するビザ緩和は、訪日中国人観光客の急増をもたらしました。
現在、71の国・地域に対して短期滞在ビザが免除されており、これが訪日外国人増加の大きな推進力となっています。
感染症の影響で一時的に停滞していたインバウンド需要も、急速に回復しています。2024年に入ってからの訪日外客数は、すでにコロナ禍前を上回る水準で推移しており、観光業界に活気をもたらす一方で、オーバーツーリズムの問題を再燃させています。
地域文化と観光需要のミスマッチ
観光客の急増により、地域の伝統や生活様式が観光産業の要求に押し流される傾向が見られ、文化的な摩擦や地域社会との軋轢が生じています。
例えば、京都では、舞妓さんや芸妓さんに対する無断撮影や追跡行為が問題となっています。これは、伝統文化を体験したいという観光客の欲求と、芸舞妓の方々のプライバシーや職業としての尊厳が衝突した結果です。また、祇園や先斗町などの花街では、観光客のマナー違反により、地域の静謐な雰囲気が損なわれるケースも報告されています。
自然遺産においても同様の問題が起きています。北海道の美瑛町では、観光客が写真撮影のために私有地の畑に無断で立ち入る事例が相次ぎ、農作物への被害や地域住民とのトラブルが発生しています。これは、SNSで拡散された美しい景観を求める観光客の行動が、地域の生活や産業と衝突した結果といえるでしょう。
こうした問題に対し、各地で様々な取り組みが行われています。京都市では、観光客向けのマナー啓発活動を強化し、多言語での注意喚起や、ガイドラインの作成を行っています。また、地域住民と観光客の交流を促進するイベントを開催し、相互理解を深める試みも行われています。
政府と自治体による対応策の遅れ
政府と自治体によるオーバーツーリズム対策は、近年急速に進展しています。観光庁は2018年に「持続可能な観光推進本部」を設置しました。さらに、「オーバーツーリズムの未然防止・抑制による持続可能な観光推進事業」を実施し、持続可能な観光地域づくりを実現するための総合的な支援を行っています。
しかし、一部の地域では具体的な政策実施が遅れているのが現状です。この背景には、観光産業の経済効果と地域住民の生活環境保護のバランスを取ることの難しさがあります。
特に、急激な観光客増加に直面した地域では、インフラ整備や規制導入が観光客の流入スピードに追いついていないケースが見られます。例えば、一部の人気観光地では、駐車場や公共トイレの不足、公共交通機関の混雑といった問題が依然として解決されていません。
また、地域住民との協働による持続可能な観光地づくりの重要性は認識されているものの、具体的な実施方法や住民参加の仕組みづくりに課題を抱える自治体も多いです。観光客と地域住民の利害が対立する場面も多く、両者の調和を図るための効果的な施策の立案に時間を要しています。
オーバーツーリズム解消によるメリット
オーバーツーリズム解消によるメリットは、地域社会、環境、そして観光産業自体にとって多岐にわたります。
以下は、オーバーツーリズム解消による主なメリットです。
● 地域住民の生活環境の改善
● 観光客の満足度向上
● 経済的メリットの持続
● 環境保護と持続可能な観光
これらのメリットを最大化するためには、地方自治体、観光業者、地域住民が協力して、バランスの取れた観光戦略を策定・実行することが重要です。
オーバーツーリズム解消は、単なる個々の問題解決だけにとどまらず、地域全体の価値を高める重要な機会となるでしょう。
地域住民の生活環境の改善
観光客の過度な集中が緩和されることで、地域住民の日常生活の快適性が改善します。例えば、公共交通機関の混雑が緩和されることで、通勤や通学、買い物など、住民の日常的な移動のスムーズさが取り戻せるでしょう。
騒音問題も大幅に改善されます。観光客の分散化や適切なマナー啓発により、特に夜間の騒音が減少し、住民の睡眠の質が向上します。
さらに、ゴミ問題の改善も重要です。観光客の増加に伴うゴミの不法投棄や散乱が減少することで、街の美観が保たれ、清掃にかかる労力や費用も軽減されます。
適切な観光管理ができるようになれば、観光客と地域住民の前向きな交流が増え、相互理解が深まります。例えば、地域住民が観光ガイドとして活躍する機会を設けることで、観光客に地域の魅力を直接伝えられるだけでなく、住民の観光に対する理解も深まるでしょう。
観光客の満足度向上
観光地での混雑が緩和されれば、観光客はより快適に観光を楽しめるようになります。
まず、観光地での待ち時間が短縮されると、観光客はより多くの時間を観光の体験に充てることができます。また、観光地の収容力に応じた適切な観光客数の管理により、観光資源の保護と長期的な魅力の維持が可能です。
さらに、観光客の分散化により、これまで知られていなかった観光スポットの魅力が発掘され、新たな観光体験が生まれています。
例えば、鎌倉市では、人気の観光地である鶴岡八幡宮周辺だけでなく、北鎌倉や長谷寺エリアなど、比較的空いているエリアへの誘導を積極的に行っています。これにより、観光客は混雑を避けつつ、鎌倉の多様な魅力を発見する機会を得ています。
このように、オーバーツーリズム対策は単に混雑を解消するだけでなく、観光体験の質を向上させ、観光地の持続可能性を高める重要な役割を果たしていると言えるでしょう。結果として、観光客の満足度が向上し、リピーターの増加にもつながっています。
経済的メリットの持続
オーバーツーリズム対策を適切に実施することで、経済的メリットを持続的に享受できる可能性が高まります。この取り組みは、単に観光客数を制限するだけでなく、地域全体の経済活性化につながる重要な施策となります。
まず、観光収益の地域内循環を促進することが重要です。例えば、地元の食材を使用したレストランや土産物店の支援、地域の伝統工芸品を活用した体験プログラムの開発などにより、観光客の消費が地域全体に行き渡るようになるでしょう。
持続可能な観光モデルの導入も、経済的メリットの持続に不可欠です。観光客数の上限設定や予約制の導入により、環境への負荷を抑えつつ、高付加価値なサービスを提供することで、観光業の安定的な発展が期待できます。
さらに、地元産業や文化への投資を促進することで、新たなビジネスチャンスが生まれる可能性があります。例えば、伝統工芸の技術を活かした新商品開発や、地域の歴史や文化を題材にしたガイドツアーの企画など、観光と地域資源を結びつけた新たな事業展開が考えられます。
環境保護と持続可能な観光
環境保護と持続可能な観光は、オーバーツーリズム対策の核心となる重要な要素です。適切な取り組みを実施することで、自然環境や文化遺産の保護が進み、長期的に魅力ある観光地づくりが実現するでしょう。
混雑状況をリアルタイムで可視化して観光客を分散させるなど、環境負荷を軽減する取り組みは各地で進められています。
また、地域ぐるみで観光地固有の自然環境や歴史文化を伝えつつ、観光と地域資源の保全を両立させるといった、新たな観光形態の普及も進んでいます。
このように、地域全体で環境に対する意識が高まれば、持続可能な観光地づくりにも繋がります。環境保護と観光振興の両立は、決して容易ではありませんが、長期的な視点に立って取り組むことで、真に持続可能な観光地づくりが実現するでしょう。
オーバーツーリズムの解決策
オーバーツーリズムの解決策は、地域の特性や課題に応じて多岐にわたります。
そして、持続可能な観光を実現するためには、以下のような対策を総合的に実施することが重要です。
● 観光客の分散化と時間管理
● デジタル技術の活用
● 観光税と入場制限
● 地域住民との協働
これらの対策を効果的に実施するためには、地域の実情に応じた柔軟な対応が必要になります。また、観光客、地域住民、行政、観光事業者など、多様なステークホルダーの協力が不可欠です。
観光客の分散化と時間管理
観光客の分散化と時間管理は、オーバーツーリズム対策の要となる重要な施策です。特定の場所や時間帯に観光客が集中するのを避け、より広範囲かつ長期的な視点で観光客の流れをコントロールすることが求められています。
まず、時間管理の観点からは、観光地の開館時間を早めるなどの工夫が効果的です。例えば、京都の清水寺では、通常の開門時間を1時間早め、朝6時から拝観できるようにしました。これにより、早朝の静かな雰囲気を楽しみたい観光客と、日中の混雑を避けたい観光客の双方のニーズに応えることができます。
空間的な分散化も重要です。人気の観光地から周辺の未開発地域へ観光客を誘導することで、地域全体の経済活性化を図ることができます。例えば、長崎県では、軍艦島に集中していた観光客を周辺の島々にも誘導する「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」ツアーを企画し、成功を収めています。
さらに、季節ごとのイベントを計画し、ピーク時期以外にも訪問者を引き付ける施策が求められています。北海道の富良野市では、夏のラベンダーシーズン以外にも、冬のスキーやアイスビレッジなど、四季を通じた観光コンテンツを開発し、年間を通じた観光客の分散化に成功しています。
デジタル技術の活用
デジタル技術の活用は、オーバーツーリズム対策において非常に効果的なアプローチとなっています。AIやIoT、ビッグデータ解析などの先端技術を駆使することで、観光地の混雑状況をリアルタイムで把握し、効果的な観光客の分散化を実現可能です。
北海道美瑛町では、観光地にカメラを設置し、AIによる画像解析技術を用いて混雑状況をリアルタイムで可視化するシステムを導入しています。この情報はデジタルサイネージやウェブサイトを通じて公開され、観光客は事前に混雑状況を確認し、効率的な観光ルートを計画することが可能です。
さらに、スマートフォンアプリを活用した取り組みも進んでいます。ユーザーの位置情報や観光地の混雑状況をリアルタイムで分析し、アプリを通じてパーソナライズされた観光プランを提案します。
観光税と入場制限
観光税や宿泊税の導入は、観光インフラの整備や地域住民への還元に充てる資金を確保する有効な手段です。日本では、東京都や大阪府、京都市などが先行して宿泊税を導入しており、その効果が注目されています。
京都市では2018年10月から宿泊税を導入し、令和6年度の予算では約48億円の税収を見込んでいます。この資金は、混雑対策や観光案内所の整備、文化財の保護などに活用されており、観光客の満足度向上と地域の持続可能性の両立に貢献しています。
一方、入場制限や事前予約制の導入は、観光地のキャパシティを超えないように管理する効果的な方法です。
また、特定の観光スポットにおける滞在時間制限や人数制限も、持続可能な利用を促進する重要な施策になります。例えば、鎌倉市の人気観光スポットである長谷寺では、混雑時に入場制限を実施し、参拝者の安全確保と快適な参拝環境の維持に努めています。
参考:京都市「宿泊税について」
地域住民との協働
地域住民との協働は、オーバーツーリズム対策の要となる重要な取り組みです。持続可能な観光モデルを構築するためには、地域住民と自治体、観光事業者が一体となって課題に取り組む必要があります。
まず、地域住民の声を積極的に聞き取り、観光による影響を正確に把握することが重要です。
観光客に対するマナー啓発活動も、地域住民との協働で効果的に行うことができます。地域住民の主体的な参加を促すことで、観光客との良好な関係構築につながります。
地域特有の文化や自然資源を活かした観光プログラムの開発も、地域住民との協働で進めることが重要です。そうすることで、観光客は地域の文化や生活を深く理解し、より豊かな観光体験を得ることができます。
地域住民との協働は、単にオーバーツーリズム対策としてだけでなく、地域全体の魅力向上と持続可能な発展につながる重要な取り組みです。自治体は、地域住民の声に耳を傾け、彼らの知恵と経験を活かしながら、観光と地域生活の調和を図っていくことが求められています。
オーバーツーリズム対策の国内事例
オーバーツーリズム対策の国内事例は、各地域の特性に応じて多様な取り組みが行われています。これらの事例は、他の自治体にとっても参考になる貴重な情報源となっています。
ここでは、以下の自治体における取り組み事例を紹介します。
● 京都府京都市
● 岐阜県白川村
● 広島県廿日市市
● 神奈川県鎌倉市
● 沖縄県西表島
これらの事例から、オーバーツーリズム対策には、テクノロジーの活用、地域住民との協働、観光客の教育、入場制限や課税など、多角的なアプローチが必要であることがわかります。
各自治体は、これらの成功事例を参考にしつつ、地域の特性に合わせた独自の取り組みを展開していくことが求められています。
京都府京都市
京都市は、オーバーツーリズム対策として、観光シーズンにおける様々な取り組みを実施しています。これらの対策は、市民生活と観光の調和を図りつつ、持続可能な観光地づくりを目指すものです。
まず、京都駅への一極集中を緩和するため、鉄道事業者と連携し、効率的なルートの利用を促す情報発信を行っています。これは、観光客の「日常生活・出発地」、「車内・経路」、「目的地直前」という3つの段階で実施されており、JR山科駅やJR東福寺駅、地下鉄駅のサブゲートを活用した人流の分散化を図っています。
市バスの混雑対策も重要な取り組みの一つです。輸送力の再配分や増強、地下鉄を活かした移動経路の分散、主要バス停留所・地下鉄駅における案内サービスの充実などが行われています。特筆すべきは、観光客向けの「観光特急バス」の新設や、手ぶら観光の推進など、きめ細かな対策が講じられている点です。
タクシー乗り場の滞留対策も実施されています。乗り込みの円滑化や供給の円滑化に加え、乗合タクシーの運行実証実験も行われました。これらの取り組みにより、タクシー利用の利便性向上と混雑緩和の両立を目指しています。
岐阜県白川村
岐阜県白川村は、世界遺産に登録された合掌造り集落で知られる観光地です。年間200万人を超える観光客が訪れる一方で、村の人口は約1,600人にすぎません。このような状況下で、白川村はオーバーツーリズム対策として先進的な取り組みを行っています。
その中核となるのが「白川郷レスポンシブル・ツーリズム」という取り組みです。これは、観光客に対して地域の文化や環境を尊重する責任ある観光を呼びかけるものです。白川村は2023年12月に専用のウェブサイトを開設し、日本語、英語、中国語(簡体字・繁体字)、フランス語の5言語で情報を発信しています。
サイトでは、白川郷の歴史や文化、自然環境について詳しく紹介するとともに、観光客に守ってほしい5つのマナーを明確に示しています。これらのマナーには、私有地への無断立ち入り禁止や、ドローンの使用制限、写真撮影時の配慮などが含まれています。
広島県廿日市市
広島県廿日市市は、世界遺産である厳島神社を擁する宮島を有する観光地として知られています。近年のインバウンド需要の増加に伴い、オーバーツーリズムの課題に直面していた同市は、2023年10月から「宮島訪問税」を導入し、新たな観光地経営の取り組みを開始しました。
宮島訪問税は、宮島へ渡るフェリー料金に上乗せする形で徴収されます。この税収は、宮島の自然環境の保全や観光客の受け入れ環境の整備、混雑緩和に向けた対策などに充てられます。
具体的な使途としては、トイレや休憩所などの観光インフラの整備、ごみ処理や清掃活動の強化、多言語対応の案内板の設置などが計画されています。また、宮島の生態系保護や文化財の保存にも活用される予定です。
宮島訪問税の特徴は、単なる財源確保策ではなく、持続可能な観光地づくりを目指す包括的な取り組みの一環として位置づけられている点です。廿日市市は、この税を通じて観光客に宮島の環境保全への協力を呼びかけるとともに、観光客の満足度向上と地域住民の生活環境の保護を両立させることを目指しています。
神奈川県鎌倉市
神奈川県鎌倉市は、その豊かな歴史と文化遺産により、国内外から多くの観光客を集める人気の観光地です。しかし、近年ではオーバーツーリズムの問題に直面しており、様々な対策を講じています。
鎌倉市の課題は、観光客の時間的、場所的、時季的な集中にあります。特に鎌倉駅周辺、江ノ電長谷駅周辺、江ノ電鎌倉高校前駅踏切周辺などで、過度な混雑や交通渋滞、マナー違反が発生しています。
鎌倉市の特徴として、国内外の観光客ともに日帰り観光が多いことが挙げられます。特に外国人観光客は、リピーターが少なく一過性の訪問者が多いため、マナー啓発の取り組みが浸透しにくい状況にあります。
これらの課題に対し、鎌倉市は多角的なアプローチで対策を講じています。観光客の分散・平準化策として、公式ホームページ「鎌倉観光公式ガイド」の改修や、混雑可視化システム「鎌倉観光混雑マップ」の導入を行っています。また、渋滞緩和を目的とした広告展開や、混雑駅における誘導員の配置なども実施しています。
沖縄県西表島
沖縄県西表島は、豊かな自然環境と固有の生態系を有する世界自然遺産地域として知られています。しかし、近年の観光客増加に伴い、オーバーツーリズムの問題に直面しています。この課題に対応するため、西表島では先進的な観光管理計画を策定し、持続可能な観光の実現に向けた取り組みを行っています。
西表島の観光管理計画は、世界遺産委員会からの要請に応える形で、地域の関係者や専門家の意見を取り入れながら策定されました。この計画の特徴は、法的拘束力を持つ規制と誘導的な手法を組み合わせた包括的なアプローチにあります。
具体的には、世界自然遺産地域内でエコツーリズム推進法に基づく立入規制を実施するとともに、竹富町観光案内人条例によるガイドの免許制度を導入しています。これにより、貴重な自然環境の保護と質の高い観光体験の提供を両立させることを目指しています。
また、観光客数の管理にも明確な基準を設けています。年間の入域観光客数を前年比1割以上増加させないこと、年間33万人を上限とすること、そして1日当たり1,200人を上限とすることを定めています。これらの基準は、急激な観光客増加による環境への影響を最小限に抑えるために設定されました。
これからの観光地戦略と自治体が果たすべき役割
これからの観光地戦略と自治体が果たすべき役割は、オーバーツーリズムの課題に直面する中で、より重要性を増しています。持続可能な観光地づくりには、地域住民と自治体の協力が不可欠であり、両者が一体となって観光戦略を策定し、地域全体の発展を目指す必要があります。
まず、自治体は地域住民との対話を重視し、観光がもたらす影響を正確に把握することが重要です。その上で、観光税や入場制限などの新たな規制導入も検討すべきでしょう。
AIやビッグデータの活用も重要な戦略となります。京都市では、AIを活用した混雑予測システムを導入し、観光客の分散化を図っています。このようなテクノロジーの活用により、リアルタイムの観光客動向を分析し、効果的な混雑緩和策を立てることが可能になります。
オーバーツーリズムの課題に対応しつつ、地域の魅力を最大限に引き出す観光地づくりを進めることが、これからの自治体に求められる重要な役割となるでしょう。
▶監修・解説:北川哲也氏
補助金や許認可の手続きを専門とする行政書士事務所Link-Up代表 北川哲也氏。
2011年に29歳で開業し7年間個人事務所として中小企業向け行政書士サービスを展開。2018年春に株式会社Link-Upを立ち上げ、士業サービスでカバーしきれないコンサルティングや顧問サービスをスタート。公益社団法人茅ヶ崎青年会議所の2021年度理事長や認定NPO法人NPOサポートちがさき参画など活動多数。