防災DXとは|垣根を超えた取組が進む防災DXを解説【自治体の導入事例つき】
▶監修・解説:北川哲也氏
補助金や許認可の手続きを専門とする行政書士事務所Link-Up代表 北川哲也氏。
2011年に29歳で開業し7年間個人事務所として中小企業向け行政書士サービスを展開。
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防災DXとは
防災DXとは、いつ発生するか分からない大規模災害に対し、デジタル技術を駆使したあらゆる備えにより人命を守る取り組みを指します。
かつて発生した東日本大震災をはじめとする大規模災害においては多くの命が奪われ、様々な教訓が残されています。過去の教訓を踏まえ、安全な避難経路の確保、災害時の情報伝達や医療の提供、復興に向けた支援などがスムーズに行える環境を整えることが不可欠です。
こうした取り組みの柱となるのが防災DXです。2022年にはデジタル庁が中心になり、地方自治体や各協議会、民間企業に参加を呼びかけ「防災DX官民共創協議会」が設立されました。防災DXの推進は、まさに国を挙げての取り組みであるといっても過言ではありません。
防災DXが注目された背景
防災DXが注目された背景には、過去の大規模災害を教訓とした防災意識の高まりや、相次ぐ気象災害の発生、近い将来予測される南海トラフ地震への懸念があるとされます。
東日本大震災を契機とした防災意識の高まり
2011年に発生した東日本大震災では、2万人を超える人命が奪われる甚大な被害が発生しました。巨大津波による死者が大半を占めますが、津波の危険性が事前に広く周知されていれば多くの命が助かったかもしれません。
こうした教訓から防災意識が高まったことが、防災DXに対する関心の背景にあります。災害教育をはじめ被災シミュレーションの提供や安否確認、リアルタイムの防災情報の収集・提供など、被害を食い止めるためにデジタル分野の活用範囲は多岐にわたるでしょう。
台風などの気象災害が頻発化
台風や豪雨などの気象災害が頻繁に起きていることも、防災DXが注目を集める背景にあります。気象災害は地震と違い、ある程度被害が発生する地域や規模の予測が立てやすいものです。
そのために必要なのが正しい情報です。災害時の情報取り扱いにおいて、デジタル分野の果たすべき役割はかなりのウェイトを占めます。避難情報の確実な伝達や避難誘導・避難場所の混雑情報、危険箇所の情報提供や線状降水帯の発生予測などが例として挙げられるでしょう。
南海トラフに備えるため
南海トラフ地震や首都直下型地震、日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震など、大規模地震は近い将来必ず起こると予測されています。こうした大地震への備えとしても防災DXは注目を集めました。
安否確認や帰宅困難者への情報提供・避難所情報など、スマートフォンアプリを用いた情報提供は、大地震発生時の混乱沈静に役立つものです。民間企業を中心にこうした防災アプリの開発が進み、防災DXの推進に寄与しています。
防災DXを推進するメリット
防災DXを推進するメリットは、以下の2点が挙げられます。
● 災害発生時の被害を抑えられる
● 情報伝達の手段が確保できる
災害発生時に適切な対応ができるかどうかは、「正しい情報をいかに早く収集できるか」にかかっているといっても過言ではありません。防災DXを推進することにより、混乱時でもこうした情報を適切に収集できることが見込まれます。
災害発生時の被害を抑えられる
Jアラート(全国瞬時警報システム)などで、災害発生の緊急情報が発信されることにより、身の安全を確保する行動がとれ、人的被害を抑えることにつながります。また、火災や津波の発生など、正しい情報が伝わることで危険な区域にとどまることなく、速やかな避難が可能になるでしょう。
正しい情報が伝わることで、瞬時に身を守り、被害の拡大を防ぐ行動がとれるようになり、被害をすこしでも抑えられるのです。
情報伝達の手段が確保できる
大災害の発生時、通常の通信インフラは壊滅的に機能しなくなることを、私たちは経験してきました。必要な情報が必要なところへ正しく伝わらなければ、混乱を招き被害を拡大させてしまいます。
防災DXの推進により、非常時の通信手段が確保できる点は大きなメリットです。救助の要請や避難情報の発信、被災状況の把握などの緊急情報をリアルタイムで取得できれば、被害の拡大を防ぐ行動がとれるようになります。
防災DXが必要とされる理由
ここでは、防災DXが必要とされる理由について考えてみます。
● 災害発生時に避難を促し人命を守る
● 発生直後の状況を速やかに把握する
● 被災者へ正しい情報を伝達する
上記、発生直後から避難生活を送る段階まで、様々なフェーズで必要とされる情報は異なります。防災DXが整備されることで、こうした情報が整理され、速やかに正しく伝わるようになります。
災害情報の提供
災害発生時、災害リスクや避難情報がタイムリーかつ正しく伝わることで、被災者は適切な避難行動をとれるようになります。「逃げ遅れる」といった、最悪の事態を防ぐことにつながるでしょう。
実際は危険な区域にいるのに、「高台だから大丈夫」「耐震設備が整っているから被害は受けない」といった「正常性バイアス」が働き、避難行動をとらない人もいます。こうした人にも避難情報が、緊急性と客観性をもって伝わることは、大きな意味があります。
被害状況の把握・通信の確保
災害発生直後から数日間は、効果的な救助活動がなされることにより、多くの人命を救うことにつながります。そのためには被害状況を正しく、いち早く把握することが重要です。
レスキューや救援物資といったリソースが豊富にあっても、必要な場所が分からなければ適切に支援を届けることはできません。通常の通信インフラが途絶えてしまうことは容易に予測できます。緊急時の通信の確保という側面で防災DXは必要とされるのです。
被災者支援制度の浸透
後遺症が残るほどの大けがや、子供が保護者を失ってしまった、家を失ってしまったなど、被災によりこれまでの生活が一変してしまう人もいます。こうした人たちには適切な支援が必要になってきます。
しかし支援制度があるにもかかわらず、それが周知されていなかったり、手続きが難しかったりすることが原因で、満足に受けられない状況が起きるかもしれません。防災DXの推進により、被災者が利用しやすい支援制度を構築する必要があります。
防災DX推進に向けた垣根を超えた取り組みとは
記事の冒頭で述べた通り、防災DXは国を挙げての取り組みであるといっても過言ではありません。デジタル庁を中心に官民の垣根を超えた、様々な取り組みが進んでいます。
ここでは、そうした取り組みをいくつか紹介します。
防災DX官民共創協議会の設立
2022年にはデジタル庁が中心となり「防災DX官民共創協議会」が発足しました。
防災DX官民共創協議会は、地方公共団体(84団体)、民間事業者(296団体)からなる組織です。『災害による国民一人ひとりの被害・負担の軽減に資する平時・有事の防災DXのあり方を、民が主体的・協調的に追求し、官民共創により実現する』という目的のもと活動しています。
防災DXの課題特定や、防災データの連携基盤の策定、防災DXアプリの市場形成をミッションに掲げ、官民の垣根を超えた防災DXの推進に力を注いでいる団体です。
防災デジタルプラットフォームの検討
防災デジタルプラットフォームは、内閣府が2015年に取りまとめた「防災・減災・国土強靭化新時代の実現のための提言」で、その重要性が強調されました。民間企業を中心に防災アプリが開発されていますが、データ連携の難しさや、災害発生の混乱時にどこまで機能するかが懸念されています。
こうした懸念から、混乱時に適切に情報が回るように考え出された概念が、防災デジタルプラットフォームです。災害時に行政機関から情報を収集・分析・加工し、対応機関と共有する防災デジタルプラットフォームを木の幹になぞらえます。そして、民間による最新のアプリケーションを「花」や「実」と捉え、情報の流れを一元化することを検討しています。
防災DXサービスマップの作成
「防災DXサービスマップ」は、防災サービスの周知を目的に、防災DX官民共創協議会が作成したものです。災害を、「平時」「切迫時」「応急対応」「復旧・復興」の4フェーズに分類し、それそれの局面で有用とされるサービスを掲載しています。
防災サービスを提供している民間企業の応募により掲載され、防災DX官民共創協議会における意見交換や議論の参考資料としても活用されます。
参考:防災DXサービスマップ
国土交通省の取組
国土交通省においても、防災DXは検討されています。「行動のデジタル化」と称し、様々な分野でDXを推進するなかで、防災に関する取り組みにも触れています。
「情報収集を迅速に行うことで、被害のより深刻な地域への迅速な支援」を行うことをあるべき姿に掲げ、水害や港湾災害における情報収集の迅速化と適切な活用を目指すものです。
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防災DXの新たなサービス
防災DXサービスマップには、141件もの防災サービスが登録されています。各社、最新技術を駆使して、防災サービスの開発に取り組んでいることが分かるでしょう。
ここでは、防災DX推進に向け提供されている、最新技術を用いたサービスを3つ紹介します。
防災チャットボット「SOCDA(ソクダ)」
防災チャットボットである、「SOCDA(ソクダ)」は、災害時の情報提供と共有をサポートするアイテムとして開発されました。避難支援と情報投稿の機能が付加されています。
避難支援機能は、ユーザーが登録した基本情報をもとに、AIが最適な避難経路・避難場所をナビゲートしてくれるものです。情報投稿機能は、被害状況を写真やテキストで投稿できる機能です。位置情報も送信されるため、災害対策本部はこの情報を集約することにより、適切な意思決定がしやすくなります。
安否確認サービス「Q-ANPI」
「Q-ANPI」は、人工衛星「みちびき」を活用した安否確認サービスです。避難者は自身の携帯端末から電話番号をキーにして安否情報を登録します。避難所の管理者がPCから、人工衛星に避難情報を送信、家族はその情報を携帯端末から確認できるというものです。
人工衛星を介するため、地上の基地局が壊滅状態であっても、確実に安否情報が伝わる点は大きなメリットです。また、避難情報が集約されるため、各避難所の混雑状況を把握するといった使い方もできます。
GISを用いた災害対策
GIS(地理情報システム)とは「Geographic Information System」の略で、デジタル上の地図に情報を重ね、編集・検索・分析・管理などを行うシステムのことです。このGISは防災対策、とくに水害において威力を発揮します。
地図上に、予測された浸水域と、浸水があったと想定される区域を地図上で重ねることで、実際の危険区域が可視化されます。こうした情報を参考にすることで、より精度の高い災害対策が可能になるでしょう。
防災DX自治体の取組事例
防災DXの取り組みは各自治体においても進んでいますが、都市部や農村部、人口過密地域や過疎地域など、各自治体の置かれている状況は自治体ごとに大きく異なるでしょう。そのため各自治体が推進する防災DXは、多種多様なものになります。
ここでは、防災DXに取り組む自治体の事例を紹介します。
東京都
東京都が進めるのはAIやICTを用いた防災DXです。以下のような取り組みが挙げられます。
● 帰宅困難者オペレーションシステム(仮称)の構築
● 住宅被害認定調査・罹災証明書発行の迅速化
● ドローンによる物資輸送や被害調査
● SNSを利用した被害情報の把握
● IoT通信を用いたスマートメータによる水道管の漏水検知
GPSやドローン、IoTなど、先進技術が多く活用され、情報収集のスピードと精度を求めている印象を受けます。人口密集地域であるがゆえに、リアルタイムで正確な情報発信が必要とされるのでしょう。
名古屋市
名古屋市では避難に支援が必要な高齢者や障害者と、支援者がスムーズに避難できる体制の構築を目指していましたが、課題も多く順調には進んでいませんでした。そこで、民間の防災ヘルプサービスを導入し実証実験を行います。
個別の避難計画をもとに、要支援者と支援者、自治体も参加し防災訓練を実施しました。避難(訓練)の際に、実際に防災アプリを使ってみることで、災害時の利用イメージがつかめ、防災意識も高まったということです。
長野県小谷村
長野県小谷村は、山間に小さな集落が点在しているため、通常時でも情報が伝わりにくい状況がありました。高齢の居住者が大半であり、災害時の安否確認や連絡に対する不安はぬぐえません。
そこで導入したのが、フィーチャーホンや、固定電話からも使用できる一斉安否確認サービスです。実際の操作は、かかってきた電話が発する質問ガイダンスに、番号を押して答えるだけです。平常時にはこうした操作になれるためのクイズが出題されるなど、認知症予防の用途にも活用されています。
防災DXの課題
防災DXの推進には、課題が山積しています。今後、防災DX官民共創協議会においても協議され論点が整理されていくと思われますが、現時点で顕在化している課題には、以下のものが挙げられます。
● 各自治体で防災情報システムの標準化が進んでいない
● 最先端技術の活用が遅れている
● システム開発・維持管理にコストがかかる
● DX人材の確保、知識・ノウハウの蓄積が難しい
自治体ごとに防災情報システムが導入されているものの、自治体どうし、あるいは国のシステムとの連携や標準化が進んでいない現状があります。システム開発には大きなコストがかかり、自治体の財政を圧迫するでしょう。DX人材も、各自治体で必要数を確保するのは難しい側面があります。
しかし、大規模災害はいつ襲ってくるとも分かりません。各自治体と国や民間企業は連携を強化し、こうした課題に向き合う必要があることは間違いありません。
まとめ:防災DXの推進が非常時の大きな備えとなる
過去の大災害の教訓から、防災DXは重要性が認識され、国を挙げて推進への取り組みがなされています。各自治体においても、地域の特性を考慮した防災DXが推進されていますが、課題も多く思うように進まない現状もあるでしょう。
しかし、被害を最小限に抑え、非常時の混乱を少なくするためには、防災DXの推進はどの自治体にとっても欠かせないものです。過去の教訓を活かし、一人でも犠牲者を少なくするために、取り組みを加速させる必要があるのです。
▶監修・解説:北川哲也氏
補助金や許認可の手続きを専門とする行政書士事務所Link-Up代表 北川哲也氏。
2011年に29歳で開業し7年間個人事務所として中小企業向け行政書士サービスを展開。2018年春に株式会社Link-Upを立ち上げ、士業サービスでカバーしきれないコンサルティングや顧問サービスをスタート。公益社団法人茅ヶ崎青年会議所の2021年度理事長や認定NPO法人NPOサポートちがさき参画など活動多数。